HS ~ある双子の物語~ 第三十話

 マジックはハーレムにも、遊園地に入場する為の小遣いを渡した。
「むっ!」
 リリー達家族や兄達と共に目的地に向かう時、ハーレムとサービスはある気配を感じた。
(おい、俺は後から行く)
(わかった)
 ハーレムはそこに残ることにした。
「……どうしたんだろう?」
 何かを察知したルーザーは心配そうに振り向いた。
「あの子は大丈夫だよ。さぁ、行こう」
 ルーザーを連れて、マジックもそこから去った。
「おい、大林!」
 ハーレムは呼ぶと、大林留吉と谷崎実が現われた。
「ふっふっふ、よくぞおれたちの存在にかんづいたな」
「わかりやすすぎるんだよ、てめぇら。『ふっふっふ』って、テレビの悪役かよ」
 まぁ、それに近いかもしれませんが。
「ボス、こいつ、ハーレムじゃないですぜ」
「ああ。あいつのいそぎんちゃくのサービスの方だ」
「それをいうなら『腰巾着』だろうが。それに、あいつは腰巾着じゃない」
「生意気な! たたんじまおうぜ!」
「合点!」
 谷崎がはがいじめをしたが、ハーレムは振りほどいた。
「ほう、やるじゃねぇか」
 大林がばきばきと手を鳴らす。
「ふん!」
 ハーレムは大林に飛び蹴りを食らわせた。大林はよろけた。だが、すぐ体勢を持ち直す。
 取っ組み合いになった。土埃が舞う。
 一時は大林が優勢に見えたが、ハーレムも場数を踏んでいる。ハーレムが大林に対して馬乗りになった。
 その後ニ、三発、大林の胸元におみまいしている時だった。
 谷崎が棍棒のような木の枝を持ってハーレムに振りおろした――ハーレムは咄嗟に避けた。
 木の枝は、大林に当たった。
「た~に~ざ~き~!」
「ひっ!」
 ゆらりと黒いオーラを漂わせて、大林は立ち上がった。顔に赤い筋がいくつも流れている。
「すんません! ボス!」
「おいこらてめぇ、タイマンに凶器はなしだろ!」
 ハーレムは怒った。
「ま、尤も、ニ対一じゃ既にタイマンじゃねぇがな」
 ハーレムが不敵に笑う。
「てめぇも邪魔なんだよ、サービス! 俺はハーレムをぼこぼこにしてやりたいてぇんだよ!」
「その前に俺がまずおまえらをぼこぼこにしてやるよ!」
 ――数分後、ハーレムは宣言通り、大林組を潰走させた。
「ふん、口ほどにもない!」
 だが、口の端を切ったらしい。血の混じった唾を吐いた。
 自分一人が傷つくのならまだ構わないが、サービスを巻き込むわけにはいかなかった。
(そうさ。あいつは俺が守る――あいつには、女の子とデートの方が似合うんだ……」
 それなのに、寂しいのはどうしたわけだろう。心に隙間風が吹く。
 ハーレムは少し過保護である。サービスだって、ちゃんとした男の子なのだ。だが、大林組は、ハーレムが引き受けてよかったかもしれない。
「――サービス」
「何だ?」
 逃げて行ったはずの大林が、戻ってきた。
「ケンカの相手ならいつでも――」
「そうじゃねぇ」
 大林は言った。
「おまえ……ごろまき強ぇな。見直したぜ。女みてぇな顔してな」
「お、おう……」
 谷崎は帰ってこない。きっとどこかへ行ってしまったのだろう。
「俺、おまえ嫌いだったんだ。――でも、これで俺達、友達だよな」
「そうだな」
 ケンカが生む男同士の友情か。だが、悪いものではなかった。
 友達で、ライバル。いい関係かもしれない。尤も、理解のできない人間は大勢いるとは思うが。
「……谷崎が怪我させるとこだったな。悪かった」
「血を拭くといい。見られたもんじゃないぜ」
 ハーレムは大林の顔をハンカチで拭った。サービスが持たせてくれた、いい匂いのするハンカチだ。大林は照れているようだった。
「まず谷崎ひっぱってきて謝らせるから」
「そんなことしなくてもいいぜ。俺はただ――おまえらがハーレムに手を出さなければいいんだ」
「そっか。それにしてもおまえ――喋り方がいつも違うな」
「え?」
 うっかりしていた。いつもはサービスがいるから、気をつけているのだが。
「猫かぶってたのか?」
「い……いや……」
 ハーレムは否定しようとした。だが、否定してどうなるというのだろう。ここは認めてしまった方がいい。例え不本意でも。
「ああ、そうだ」
「ふぅん。じゃあ、俺達だけの秘密だな」
「おまえと秘密をわかちあうのかと思うと、気持ち悪ぃぜ」
「いいだろ、別に」
 そう言って、大林はハーレムの肩を抱き、『同期の桜』を歌い出した。
「きっさま~とおれと~は♪」
「おい、大林」
「何だ?」
「俺、遊園地行きたいんだけど」
「そっか。なら俺も行く」
「金あんのか? おごってなんてやらねぇぞ」
「どっかでカツアゲしてくる」
「大林」
 ハーレムの顔が険しくなる。
「俺はカツアゲなんて許さねぇぞ」
 後にリキッド相手にカツアゲする男になるとは思えない人間の台詞である。
「わぁったよ。じゃあな」
「気ぃ悪くすんなよ」
「してねぇよ。むしろ、おまえのまじめさがうれしいんだ」
 ふぅん。妙なヤツに気に入られたもんだね、ハーレムも。ま、ハーレムのことを好きになる人なんて、みんなどっかしら妙だもんね。今はハーレムはサービスの姿だから、大林はサービスが真面目なんだと思い込んでいるけれど。本当は、ハーレムも真面目なんですよぉ。多分。きっと。――絶対。
 ハーレムが遊園地に行くと、マジックとルーザーが入口付近で話し込んでいた。
「あ、来ましたよ。兄さん」
「な、私の言った通りだったろ」
 二人は、ここでハーレムを待っていたのである。ハーレムの格好を見て、ルーザーは微かに眉を寄せた。
「サービス、ひどいかっこだぞ」
 リリーと来たサービスが言った。
「で、勝ったのか?」
「もちよ」――今は『サービス』であるハーレムが笑顔で親指を立てる。
 リリーはどきんとした。――これは、ハーレムくんの顔だ。じゃあ、何でサービスくんの姿をしてるのだろう……。

HS ~ある双子の物語~ 第三十一話
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