HS ~ある双子の物語~ 第二十九話

「ハーレムくん!」
 双子達が大時計の前に来ると、ピンクのワンピースに身を包んだリリーが叫んだ。
「あ……おはよう」
 サービスはさすがにどぎまぎする。いくら美少年と言えど、男所帯で育った子なのだ。うろたえるのも無理はない。
「おはよう、リリー」
「あ、サービスくん、おはよう」
「……ぼくはついでかよ」
 ハーレムも自分のことを『ぼく』と言うようになった。
「そういうわけじゃないんだけど……」
 リリーは困惑した顔をする。
「サービス、リリーを困らせるんじゃねぇよ」
 ハーレムは何も言わず肩を竦めた。
 ここの辺り、この話から読んだ人にはわからないだろうなぁ……つまり、双子はまだ入れ換わったままなのだ。それは、少数の人しか知らない。
 サービスは少し複雑だった。
 入れ換わらなければ、ハーレムはリリーと付き合ったかもしれない。ハーレムはまだ女に興味を持っていないみたいだったが。
 ハーレムとリリーが手に手を取って自分の前に現れたら――サービスは嫉妬の炎に身を焦がしたかもしれない。
(ハーレム、気付いてる? ぼく、本当は、君が、好きで、好きで――だから嫌いなふりをしていた。でも、リリーも好きで……)
「ねぇ、ハーレムくん、サービスくん。うちのパパとママよ」
 スーツ姿の紳士と、正装した綺麗な女の人が立っていた。
(なるほど……納得)
「初めまして。よろしくお願いします。あ、こちら家庭教師のイザベラ先生」
 へぇー、ちゃんと敬語使えるんだ、ハーレムのヤツ――と、サービスは変な感心をした。
「よろしく」
 イザベラは頭を下げた。
「それからこっちは……マジック兄さんと……ルーザー……兄さん」
 ハーレムには、ルーザーを『兄さん』と呼ぶのに抵抗があったのだろう。何故だかはサービスも知らない。
「弟達がいつもお世話になってます」
「いえいえ。娘の方も、あなた方の弟さん達と遊んでもらって」
「いこ。ハーレムくん」
「ああ……うん」
 リリーにうながされて、サービスも教会に向かった。
 教会は、大時計の近くにある。
 入った途端、サービスは驚いた。赤いカバーのついた椅子が並んでいた。前にあるのは説教壇だろう。
「綺麗な教会……」
 イザベラ先生のことがなければ、来ることはなかっただろう。
「そうだね」
 ハーレムが相槌を打った。
「ハーレムくん……だっけ?」
「は、はい」
 リリーの父に呼ばれて、サービスはつい恐縮してしまった。ハーレムはつい自分が返事してしまうところだった。
「リリーはね……教会が嫌いだったんだ。堅苦しいって」
「あ、それわかります」
 サービスはくすくす笑った。
「でもね、君が行くというんなら、というので来てくれたんだよ。私達は代々クリスチャンだからね。しかもプロテスタントの」
「はぁ……」
「だから、君には感謝してるんだよ」
「そ……それは、ありがとうございます」
 本当はお礼を言えた義理ではない。
 ハーレムとリリーを心の中で両天秤にかけていると知ったら、この人の良さそうな穏やかな男の人は何と言うだろうか。
「奇遇ですわね。私もプロテスタントは大好きですの。かといってカトリックが嫌いなわけじゃありませんが」
 イザベラ先生が言った。サービスはこの先生のことをすっかり忘れていた。いつもだったらどうしても意識してしまうのに。
(ぼくはイザベラ先生も好きだ)
 浮気者なのかな、ぼくって――とサービスは思う。
 アライ先生のことも好きだった。もうすぐササキ先生と結婚するが。
 でも、イザベラ先生に対する好きは、リリーやハーレムに対する好きと違う。
 リリーは可愛いので好意を持っているし、ハーレムは――。
 時々、ずきーんとする。
(ぼくって、やっぱり変なんだろうか)
 変なら、お医者さんに診てもらわなければ。
(ルーザーお兄ちゃんなら、お医者さんになる勉強もしていたはずだ)
 でも、ハーレムには猛烈に反対されそうだな、とサービスは思った。
(何でルーザーお兄ちゃん嫌いなんだろう、ハーレム。あんなにいいお兄ちゃんなのに)
 でも、ルーザーは、サービスに恥ずかしいことをした。それを思い出すと、サービスは体が火照ってしまう。
(もしかして、ハーレムもやられたのかな――)
 だとしたら、気持ちはわかる。ああ見えて、ハーレムは性に対しては潔癖であるのだから。
(もし、ぼくがハーレムに同じことをしたら――)
 それは、何度か考えたことだった。
 けれど、ここで思い出したら、神への冒涜のような気がして、サービスは妄想を振り払った。
「さ、座るわよ。サービス」
 イザベラ先生に勧められて、サービスはちょこんと座った。
 さっきのあらぬ想像は、イザベラ先生にも内緒にしていた。
「ねぇ、聖書見せて。先生」
「いいわよ」
 聖書でも読めば気が紛れると思ったのだ。聖書は清い書物のはずだから。
 しかし――頭に入ってこない。
「なぁ、新約とか旧約って、どういう意味だ?」
 ハーレムが脇から訊く。彼はルーザーに見せてもらっていたらしい。
「ん? そうねぇ、簡単に言うと、イエス様が生まれる前の話が旧約、イエス様が生まれた後の話が新約――かな?」
 イザベラが自信なさそうに説明する。
 私もその辺が自信ないので、詳しい方、誰か教えてください。お願いします。
 賛美歌を歌って、説教の時間になった。
「では新約聖書のヘブル書の一節から――」
 太った牧師が重々しく口を開く。
 この時代は、文語訳かなぁ。どうも、私にはようわからん。
 ちなみに、カトリックは神父、プロテスタントは牧師である。司祭というのは、何だったかなぁ。
 私はクリスチャンですが、どうも大事なことは頭から抜け落ちてるようで、すみません。
 ハーレムは退屈そうにあくびをした。サービスは説教を聞くことに集中しようとしていた。イザベラは、ノートに何か書きつけていた。
 ハーレムは覗き込んでみたが、また元の姿勢に戻った。イザベラのノートは説教の内容で、ハーレムが読んで面白いものではなかったからだ。
 リリーもそわそわしている。リリーの父と母は熱心に聞き入っていた。ハンカチで目元を拭ったのは、リリーの母である。
 時間はゆっくりだったような気もするし、案外早かったような気もする。
「それでは、今日はこれまで」
 しょーえーしゅくとうという、私も字がわからない祈りを捧げて、礼拝は終わった。
「あーあっ、肩凝った」
 ハーレムは大きく伸びをした。
「サービス。ま、比較的いい子だったわね」
 イザベラが悪戯っぽい笑みを浮かべた。正体を知った上で、お芝居に付き合っているのである。
「ハーレムくん。遊園地行こうよ」
「私達も行っていいかね?」
 リリーの父が言う。二人で行きたい、と駄々をこねるリリーをその父があやした。まだ子供扱いされるのがリリーには嫌なのだ。リリーも、親に対してはなかなかわがままだな、と、サービスはしかしどこか微笑ましく思った。
 マジックとルーザーは、リリーの父兄が行くというので、じゃあ自分達もとついていくことにした。もちろん、イザベラも。

HS ~ある双子の物語~ 第三十話
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