HS ~ある双子の物語~ 第二十八話

 電話がかかってきた。リリーからだ。
 サービスは彼女といろいろな話をした。どれも他愛ない話ではあるが、サービスは嬉しかった。
 けれど――リリーは、おずおずとこう切り出した。
「あのね――ハーレムくん……」
「なぁに?」
 あまり言いたくない話題であることはわかった。
 もしかしたら、バレたのではなかろうか。ハーレムとサービスの正体。
 口の中がからからになったサービスは、固唾を飲み込んだ。
「……いつかは言わなくちゃ、と思ってるんだけど……」
「何だい?」
「私、ドイツに引っ越すの」
「何だって?!」
 サービスが大声を出した。
「うるせぇなぁ。何だよ」
 ハーレムが不機嫌な声を上げた。
「黙ってて。――それで、いつ?」
「月曜日に」
「聞いてなかったよ」
「急に決まったことなの……」
 相手の声が涙声になった。
「私、ハーレムくんやサービスくんと別れたくない……」
「俺だって、リリーと別れたくない……」
 けれど、子供は親の都合に付き合わなければならないのだ。――子供であるということの、何と理不尽なことか。
「――ねぇ、リリー。明日、一緒に教会行かない? 遊園地に行く前に」
「え? ……いいけど、ハーレムくん、教会に興味あるの?」
「いや、あのね……イザベラ先生が――俺達の家庭教師の先生なんだけど、いつも教会に行ってるからさぁ……」
 サービスも、イザベラに付き合って、以前は何度も教会に行っていた。
「いいわよ」
 リリーは嬉しそうに言った。
「教会って興味あったの」
「ほんと?! サービスとイザベラ先生も一緒だけど。あと、兄貴達も」
「うん。いいわよ」
「じゃ、あの大時計の前で」
 それは、この間決めた待ち合わせ場所だった。
「おーい」
 ハーレムがとんとんと指でサービスの肩を突いた。
「あ、ごめんね。――何だよ」
「おまえら、話し過ぎ。電話代われよ」
「わかったよ。――じゃあ、あの大時計の前でね」
「楽しみにしてるわ」
「俺も」
 そうして、サービスは電話を切った。
「嬉しそうだな、サービス」
「え? そ、そう……?」
「んとに、嬉しそうだな」
「だって、生まれて初めてのデートなんだから」
「そうか……そうだったな」
 ハーレムはふっと笑った。
「何か話したそうだな」
 サービスは勘づいたことを話した。
「いや……俺達も女の子とデートしてもおかしくない時期にきてるんだよな」
「君だってすればいいじゃないか」
「いや、まだ女には興味ない。喧嘩してる方がいい」
「野蛮人」
「うるせっ!」
 ハーレムも電話をした。イーグルスのチームメイトだ。サービスは名前も知らない。今聞いたって忘れるだろう。
 電話を終えるとハーレムは言った。
「おまえ、本当に教会行くんだな」
「もちろん。でないとイザベラ先生が怖いもの」
 サービスが答えた。
「しっかしリリーを誘う辺り、おまえ、やっぱり頭いいんでないの。ちゃっかりしてるっつーか。それにしても――」
 ハーレムがずいっとサービスに近付いた。サービスがどきっとした。
「な……何だよ」
 サービスも抵抗の構えを見せる。ハーレムが引き退いた。
「いや……おまえって演技が上手いな。さっきなんて、俺がリリーと話しているような気がしたぞ」
「だって、ぼくは今は『ハーレム』だもん」
 それに、君のことはよく見てるからね――これは、ハーレムには言えないことだった。
「クラブ活動が始まったら、演劇部に入るといいぞ」
「まぁたまた」
「だって、俺より演技うまいもん」
「そ……そうかな」
 でも、それを言うなら、ハーレムだって、『サービス』としての態度が板についてきたような気がする。他人の前では。
 双子、だからだろうか。
 サービスは身の内がかっと熱くなった。
(双子って、やっぱり特別なのかな)
 ぼくは、ハーレムが好きだ。
 遊園地なんて、ハーレムとは何度も行っている。今まで、嬉しくて死にそうにならなかったのが不思議なくらい。
(ぼくは……ハーレムとも遊園地に行っている)
 でも、兄達がいたし、およそデートとは自覚したことがなかった。
 リリーと行くことになって、初めて、(あれもデートだったんだ……)と思ったぐらい。
 だから、生まれて初めてのデートなんて……嘘だ。
 いつかはハーレムと二人きりで遊園地に行きたい。
(ぼくって、変なのかな……)
 まるで、ハーレムに恋してるみたい。今更どきどきもしないけど、時々ずきーんとすることがある。
(まぁ、いいや。リリーと恋したら、ハーレムのことなんか忘れてしまうだろう)
 何だかサービスは自分が、リリーに恋しなければならない、と思い込んでいるようだと感じた。
(ハーレム……)
 ハーレムは気付いてないだろう。サービスのこの想いには。
 それにリリーは……。
「あのね、ハーレム」
「ん? 何だ?」
「リリーね……ドイツに行くんだって」
「ほんとか?!」
「うん」
「そうか……寂しくなるな」
「そうだね……」
 サービスは泣きたくなった。
 おお、それでは、別れが辛くなるほどには、リリーのことを想っていたというわけだ。サービスは少しほっとした。
「まぁ。そうなったら手紙でも書いてやれよ。――おやすみ」
「そうだね。おやすみ」

HS ~ある双子の物語~ 第二十九話
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