HS ~ある双子の物語~ 第二十六話 今日の午後の野球の試合には、ハーレムもサービスも出場した。 サービスであるハーレムが、自分も試合に出してくれるよう、頼んだ。一人の選手が足を挫いて、人数が足らなくなったコンドルスは、ハーレムの申し出を承諾した。 ハーレムは、友達が怪我したことでチームに参加できるようになったことを手放しには喜べなかったが。 「あっ、リリー!」 クラスメート達二人に声をかけられてリリーは、 「どうしたの?」 と訊いた。 「今日の試合もハーレムくん出るよ。応援しない?」 リリーとハーレムのことは、彼女のクラスでも話題になっている。 「うん! するっ!」 リリーは応援席に腰をかけた。 双子の家庭教師、イザベラも見に来ている。マジックやルーザーも。 ハーレムやサービスのチームコンドルスは、デビルレイズと対戦である。 デビルレイズといっても、大リーグのそれではない。要するに、バッタモンである。 小学五・六年生が中心のチームだ。 今回、この二つのチームは三角ベースではなく、本格的なダイアモンドベースで試合をする。 サービスは、ゆうべの余韻からか、打撃も守りも精彩を欠いている。 「ハーレムー。しっかりしろー」 (そんなこと言われても……) 昨晩のことを考えただけで力が抜けるような感じがする。 おかげでサービスは、三振かせっかく当たったとしてもファウルやフライばかりだ。 それでも、コンドルスはデビルレイズ相手に善戦していた。 しかし、どちらも点数が入らない。 (ハーレムくん……がんばって) リリーは祈るように手を合わせた。 七回裏。0対0で迎えたコンドルスの攻撃。打順がハーレムに回ってきた。 ハーレムはこれまでよくがんばってきた。だが、この打席では――。 (何か調子狂ってんな……) ツーストライクノーボール。ツーアウトランナー無し。 (何とかして点に結びつけたいもんだ……) ボールが飛んできた。 (ぜっ!) ハーレムは思いっきりバットを振った。 「抜けたー!」 RUN! 「ゴォッ!」 ハーレムは一塁に向かって走る。 相手側がボールを必死で追いかけている。 ハーレムが三塁を回る。 早く、早く、早く――。 走れ、走れ、走れ――。 ――ハーレムは足からホームベースに滑り込んだ。 審判は―― 「セーフ!」 と叫んだ。 ――ランニングホーマー。 ハーレムは立ち上がってガッツポーズをした。 「あっ」 リリーは思わず小さく声を上げていた。 一瞬、サービスがハーレムに見えたのだ。 「どうかした? リリー」 「ううん。何でもないの」 リリーは首を振った。 (私が……ハーレムくんとサービスくんを見間違えることなんてない) 彼ら双子はあまり似ていない。それを目の錯覚とはいえ、思い違いをするなんて。 ――試合は0対1でコンドルスの勝ちであった。 「やったな! サービス!」 「女みてぇな顔のヤツだと思ってたけど、見直したぜ!」 「おまえのおかげで勝てたぜ!」 (俺が活躍しても、それはサービスの手柄になるんだよな) ハーレムは複雑な想いがないでもなかった。 「それに比べて。何だよ、ハーレムは。おまえの打撃ひどかったぜ」 きつそうな性格のチームメイトの少年が責める。 「まぁまぁ。誰にだって調子悪い時はあるよ」 もうひとりのチームメイトである男の子がサービスを庇う。しかし、サービスは聞いていなかった。 (ぼく……情けないな) サービスは思った。 ハーレムはあんなにかっこいいのに。 (ぼく……早く元に戻りたい) そして、今度はサービスとして、自分で恥ずかしくないようなプレーをするんだ。 ルーザーの愛撫に酔い痴れている場合ではなかった。そんなことはわかっていたはずなのに。 ハーレムが輝いて見えた。 (ぼく……ぼくも、仲間に入れてもらえるかしら) 無事『サービス』の姿に戻ったら、勇気を出して入れてくれるように頼んでみよう。サービスはそう決心した。 「サービス」 高松がハーレムの肩を叩いた。 (やっぱり俺をみんなの前で『ハーレム』と呼ぶバカなマネはしない、か) 高松にはそうすることもできるはずであったが。 しかし、彼には今のところそんなことをする動機もない。 「見事でしたよ」 「おう。サンキューな!」 ハーレムはにかっと笑った。 (あっ、まただ) リリーには再び、彼がハーレムに見えた。 (あれは……ハーレムくんの笑い方だ) 彼女にはそれがわかる。根拠はないけれど。 いや、根拠はある。 (前に私を大型犬から救ってくれたあと――あんな風に笑ったんだ。私、そんなハーレムくんが眩しくて、何も言えなかった……) でも、何でハーレムがサービスの真似なんかするんだろう。皆のことをからかっているんだろうか。リリーや他の人達を騙して笑おうとする計画なのか。 まさか、私がバックについているとは思っていないリリーであった。 「松村先生」 松村智子――つまり私も観戦に来ていたというわけだ。尤も、途中から飽きて見ちゃいなかったけど、ハーレムの最後のランニングホーマーの時だけは別だった。 「来てたんですか?」 「そうよ。リリー。あら、あんた、頬赤くしちゃってどうしたの?」 「何でも……ないんです」 「アンタ、サービスを熱心に見てたわね」 「ええっ?!」 「あはは。そんなに驚かなくても大丈夫。恋する乙女の勘は正確だから。もしかすると、本人の気付いていないこともわかっていたりするかもよ。じゃあね、元気で。これから仕事があるの。すっぽかして来たからさぁ」 「はい。先生もがんばってください」 ああ。私も早く仕事がしたい。ささやかでも世の中の役に立ちたい――これは、語り手Tomoko本人の願いである。しかし、何をするにしても、学校の先生にだけはならないだろう。私には人を教える資格も自信もない。まぁ、そんなことはどうでもいい。閑話休題。 BACK/HOME |