HS ~ある双子の物語~ 第二十五話 夜中――ハーレムが違和感を覚えて起き上がった。 隣のベッドが冷たい。サービスがいないのだ。 「……ん? あれ? サービス?」 その時、サービスが扉を開けて現われた。 ハーレムは最初、ドッペルゲンガーかと思った。自分達双子の中身が入れ換わっていることを知っていても、どうしても慣れないことはある。 それから、やっと気付いた。――ああ、あれはサービスなのだと。 サービスはふわふわと夢の中を歩いているように彷徨っている。 何かあったのか?――とハーレムは思った。サービスの方に近寄る。 「サービス、どうした、サービス」 ハーレムはがくがくとサービスを揺さぶる。 「えー?」 サービスがいつもと違う。あのしっかりした弟ではない。いや、今はハーレムなのだが。 「ああ。あんな気持ちいいことがあったなんて」 サービスがうわ言のように言う。 「大丈夫か? サービス。ラリってんのか?」 「ラリ? ラリルレロ……?」 サービスはくすくすと病的に笑う。 「サービス……病気か? デートも近いんだろ? 病気なら治さなきゃ」 「デートぉ?」 そして、サービスはまた笑った。 「あいつら……バカだよねぇ。デートの本当の意味も知らないんだ」 「サービス……おまえちょっと変だぞ」 「なぁに失礼なこと言ってんだよぉ」 サービスは普段こんな喋り方をする奴ではなかったはずだ。 「ハーレムー。リリーには手を出さないから安心してよねぇ」 「???」 ハーレムの頭にクエスチョンマークが浮かんだ。 (どうしたんだ――サービスのやつ) まさかルーザーのせいだとはハーレムは思いもしない。日頃彼があれだけ警戒している兄なのに。 「僕、もう寝るよー。おやすみー」 サービスがぼすっとベッドに飛び込んだ。 (まぁ、何もないならいいけどな――) ハーレムも布団をかぶった。が、またがばっと跳ね起きた。 「あ、そうだ。サービス、明日――」 イザベラ先生が来るぞ――そう言おうとしたが、もう既にサービスは寝入っていた。 「仕方ないなぁ、ったく」 それは、普段はサービスが言いそうなことだったが、サービスは、ルーザーのテクニックに酔い痴れていた。 (まぁいいか。明日になったらわかるだろ。けど、こいつがイザベラ先生のことを忘れてるなんてなぁ――) もうどうでもよいようだった。 (イザベラ先生は、サービスの初恋の人なのに) それは何となくわかっていた。双子としての勘と言うやつだろうか。 (俺も寝よ) 二人の寝息がやがてシンクロした。 「ちょっとー。マジック―」 イザベラ・ミリアム・ガーネット――後のイザベラ・サーリッチが、青の四兄弟の長兄の名前を呼んだ。 藍色の瞳にウェーブがかったおがくず色の髪。まだ若い彼女は美人と言えた。 だが――性格はきつい方だ。 マジックも、その弟達も、この女性には頭が上がらない。 「どうしたんですか? イザベラ先生」 「車がエンコしちゃったのよ。せっかく車庫の前まで動かして来たのに。腹が立ったんで蹴ったら、足が痛くなっちゃったわよ」 マジックは、引きつった笑みを顔に貼りつかせた。 いつ会っても、相変わらず気の強い女性だ。 「どこです? 僕も行ってみます」 「お願い」 イザベラは額を押さえた。 「ルーザー。後は任せた」 「わかりました。兄さん」 だが、マジックとイザベラはすぐに帰って来た。 「車はもういいんですか?」 「ああ。問題ない。ここは車があまり通らないからな。しばらく置かせてもらうことにした」 「新しい車買おうかしら」 「是非ともそうしてください」 後でまた動かしてみることにしよう――そう結論づけて、マジック達は朝食の席についた。 今日はハーレムもサービスも早起きをしている。尤も、ハーレムは必要に迫られて、であったが。 「今日は野球の試合があるんだよ」 ハーレムが報告した。それからがふがふとマフィンをがっつくように食べる。 「サービス」 サービスが怖い顔でハーレムを睨んだ。 「ん? はひ?」 ハーレムはサービスがどうして睨んでいるのかわからない。 「まぁ。サービスってば、ハーレムのように食べるのね」 イザベラの台詞で、ようやく、 (しまった!) と思った。 ルーザーはそんな双子の様子を見て穏やかに微笑んでいる。 (君達のことはわかっているんだよ) もちろん、ルーザーはそんなことはおくびにも出さないが。ゆうべちょっとサービスにいたずらしたことも。 ハーレムはなるたけ上品に食べようとしている。それが、ルーザーにはおかしかった。 (せいぜい君達の演技を楽しませてもらうよ) ルーザーは優雅にお茶を飲んだ。 「それにしても、変わったわねぇ、二人とも」 「え? そうですかぁ?」 「そんなことないよ」 サービスとハーレムが言った。 「ちょっと――まるで二人が入れ換わったような……」 「ええっ?!」 二人は同時に叫んだ。 (僕達、見抜かれてる?) (終りだ、終りだ――) サービスは呆然とし、ハーレムはぐるぐる思考が回っている。 「どこかおかしいですか? 俺達」 サービスがおずおずと訊く。 「だって、サービス、玉ねぎ食べてないもの」 「あっ」 (バカ) サービスはハーレムに責めるような一瞥をくれる。 「後は――そうねぇ。全体の雰囲気と言うか」 さすがはイザベラである。双子のことは赤ん坊の頃からよく見ているのであるから。ハーレムもサービスも冷や汗たらたらだった。 とりあえず、ハーレムはがんばって大嫌いな玉ねぎをフォークで刺して口に入れた。それは充分炒めたものなのでしんなりしていて少し甘味がある。独特の吐き気のしそうな味と匂いが嫌で、やっとの思いで飲み込んだ。 BACK/HOME |