HS ~ある双子の物語~ 第二十四話

「秘密なんて――」
 ハーレムが言いかけた時だった。
「内緒にしてることなんて、ないよ!」
 力強く、サービスが答えた。
「ハーレム――」
 ルーザーは困った顔をした。が、やがてこう返した。
「まぁ、そう言うんだったら、そう言うことにしてあげてもいいけど」
「なんかひっかかるなぁ……」
 これはハーレムの言。
「それより、今日はもう寝なさい」
「はぁい」
 双子達は、これ以上追及されないうちに大人しく寝床に入った。

 草木も眠る丑三つ時――。
 というのは冗談だが、そんな時間になった時のこと――。
 ルーザーがまた双子達の部屋にやってきた。
 ハーレムは布団を蹴飛ばし、サービスはきちんと仰向けになって寝ていた。
「やれやれ。隠し通せてるつもりでも、これでは正体を明かしてるようなものだよ」
 ルーザーはハーレムの布団を直してやる。
「おやすみ、ハーレム」
 ルーザーはサービスの外見をしているハーレムの額に唇を当てた。
「おやすみ、サービス」
 今度はハーレムの外見をしているサービスのおでこに。
「僕はそんなに信用ないのかい? 悔しいね」
 ルーザーは、笑みと憂いをないまぜにしたような表情で呟いた。
「僕はこんなに君達を愛しているのにね。もう食べちゃいたいくらい」
 ……ルーザーさんだったら、本当に食べかねないところが怖いですねぇ。
「ん? 今、風が何か言ったのかな」
 風流ですねぇ。
「まぁいいや。いつか、兄さんにも話してくれるね。どうして君達が入れ換わったのか」
 本人達に訊いても、記憶にないかもしれませんよ。
「記憶にない?」
 いや、失敬。口が滑った。
「誰なんだい? 僕の頭の中に勝手に入って来る奴は」
 何でもない、何でもないんですのよ、オホホ。
「もしかして、Tomokoさんという人かい? この話の前口上にも出てた」
 まぁ、そうです。ルーザーさん、覚えててくれてたんですねぇ。
「思い出したんだよ! あれは夢だと思っていたんだけれど――早く何とかしてください。このままじゃ、僕も混乱しそうだ」
 今に直りますよ。今にね。それにしても、どうして私の声がルーザーさんにわかったんだか。心を開いていないと聴こえないはずなのに。

「マジック兄さん……あの二人がおかしかった理由がわかりかけてきました」
「あの二人?」
「ハーレムとサービスのことですよ」
 リビングで、マジックとルーザーは話し合っている。ルーザーは紅茶にブランデーをひとたらし。
「僕の仮説が証明されそうなんです」
「悪いが、兄さんはおまえの天才ぶりについていけないぞ」
「簡単に言ってしまえば……物事は見かけどおりではないということです」
「ほう?」
 マジックは読んでいた新聞から目を上げた。
「ハーレムはサービスに、サービスはハーレムに。どうやら入れ換わっているようです」
「勿体をつけた割には、陳腐な事実だな」
「そんなもんです」
「で? 双子達はお互い入れ換わって、大人を騙してからかって遊んでいるのか?」
「それは……」
 ルーザーが丸テーブルに肘をついた。
「そこのところは教えてくれないもので。僕にも正体ばれてないと思っているようですから。あの二人は。もしかしたら、あの子達も巻き込まれたのかもしれませんねぇ。何かに。例えば――何らかの存在が介在してるとか」
「――双子の入れ換わりは故意ではないと」
「ええ」
「双子の奇跡というやつか。そんな本書いてみたらどうだ?」
「僕はファンタジー作家ではありませんよ」
 そう言ってルーザーはティ―カップを持ちあげると、薄く微笑む。
「ただ、僕に相談してくれないのが、悔しいだけです。兄としてこんなに無力さを感じることはありませんよ」
「僕のところにも相談に来ないがな」
 マジックが言った。ルーザーは紅茶で唇を湿してからカップを置き、口を開いた。
「そこが、今のところ僕の慰めになっているのです」
「僕のところにも行かないからだと――? 暗い奴だな」
「何とでも言ってください。ハーレムの毒舌で慣れましたもので」
「ハーレムか……素直な子だったのになぁ」
「でも、僕はそんなあの子が好きなんです」
「おまえもいろいろ捻くれてるな」
「僕もそう思います」
「さ、今日は僕はもう寝るぞ。明日はイザベラ先生が来るからな」
「あれ? そのこと、双子達は知ってましたっけ?」
「忘れてるかもしれんな。――どちらでもいいだろう。おまえはどうする?」
「僕はまだここにいますよ」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ」
 マジックは新聞をロッキングチェアーの上に置くと、そのままリビングを後にした。
(誰か来ないかな。……誰か来そうな気がするんだけど)
 紅茶を飲み干し、窓辺の景色を眺めながら、ルーザーは思った。庭には芝生や、サービス達と植えた植物、そして桜の木が。外の灯りがそれらを照らす。
 ハーレムがやってきた。いや、正確に言うと、『ハーレム』の外見をしたサービスか。
(――当たった)
 僕の予知能力も満更ではないな、とルーザーがほくそ笑んだ時だった。
「ルーザー……兄貴」
「何だい? ハーレム」
「俺……デートの仕方わかんないんだけど、教えてくれない?」
「どうして僕に訊くの?」
「よくわかんないけど……兄貴モテるじゃん。デートぐらい、したことあんだろ?」
(おやおや。サービスったら、慣れない口調で無理して。ハーレムも不良っぽい言葉づかいするから悪いんだけど)
 そう思い、ルーザーは微笑した。
「そりゃ確かにしたことはあるけどね。みんなほんとの僕は見てくれない。一人の男性として見てくれるのは、ステラだけだよ」
 そう言って、ルーザーは遠い故郷にいる従妹に想いを馳せた。
「じゃあさ、ステラ姉さんとデートするようにしてくれる?」
「それならいいよ」
(やっぱりこの子はサービスだ。ハーレムだったら、僕が『ステラ』の名前を出しただけで怖い顔するもの)
「まずは紳士らしくきちんとエスコートしなければね。エスコートの仕方、わかるかい?」
 サービスはふるふると首を横に振った。
「そう、まずはね……」
 ルーザーは丁寧にエスコートの仕方を教えた。それは、結構長くかかった。ルーザーもサービスも、興が乗ると時間の経過を忘れてしまうタイプである。
 それからこれはまだやってはいけないんだけどね――ルーザーは前置きしてサービスに秘戯をそっと教え込んだ。

HS ~ある双子の物語~ 第二十五話
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