HS ~ある双子の物語~ 第二十二話

 高松もハーレムも面倒になってきたので、今回の授業はエスケープした。
 尤も、後で、
「おまえらにもしたいことはあるだろうが、授業も大事だからしっかり受けような」
 と、ササキ先生から釘を刺されてしまったが。

 そこまで言われてしまうと、二人とも次の勉強時間もフケるわけにはいかない。
 ハーレムは、欠伸の出そうに退屈な算数の授業に参加している時だった。
 そんな彼のところに、一枚の手紙が後ろから回ってきた。
『放課後、やるよ』
 渡したのは女子だった。
『やるよ』と言っても、お礼参りとか、そんな物騒なことではない。
 ササキ先生とアライ先生の婚約おめでとうパーティーだ。
 その為のくす玉も、もう準備ができているのだろう。できていなくても、太陽の時間がある。昼休みだって、十五分で給食を食べ終えれば何とか。
 クラスメート達は、くす玉の他になんやかやいろいろ用意しているらしいが、ハーレムはよく知らない。
 楽しめれば、それでいい。
 放課後が楽しみだな。
 ハーレムがにんまりと笑った。

 ちょっとここでブレイク。
「あ、いましたか。智子先生」
 私、松村智子。本当はヲタクリスチャンなのだが、本性は隠している。
 つーか、私は金の為に働いたことのない、グータラ娘なのだ。
 そんな私が、今、趣味の為にこの小説を書いている。
 ハーレムとサービスを愛すればこそだ。
「智子先生。聞いてるんですか?」
 ササキ先生の顔がちょっと険しくなる。
「あいよ」
 私は適当に返事をする。
 語り手Tomokoが、実は近くにいる松村智子先生だと知ったら、ハーレムもサービスもびっくりするだろう。
 けれど、私は現実には何の仕事にも就いていない。2010年現在では。私も不本意なのだが、いろいろあったのだ。
「みんなの様子が変なんですよ。何か俺に隠しごとしているらしいし」
 ああ、それはね。
 みんなアンタの為なのよ。
 と、言いたかったけど、止めた。面倒臭い。
 ササキ先生は、勝手に祝福されてるがいいや。
 ちなみに、ササキ先生は、私の小学校の時の先生がモデルだ。結婚もして、子供も授かっている。年賀状来なくなったけど、どうしているかな。
 年賀状どころではないか。家は今年は喪中なのだ。祖母が享年九十三歳で死んだから。
 九十三と言っても2010年のことで、この小説の舞台は1950年代なのだから、祖母もまだ若い。私など、もちろん生まれてもいない。母なんか、もしかするとまだ子供なんじゃないかな。
 私は「昭和三十年代生まれじゃないの?」などと言われるが、れっきとした昭和五十六年生まれの二十九歳なのだ。
 ――話が逸れた。ササキ先生のことだった。
「心配しなくていいですよ。ササキ先生は好かれているんですから」
「んー、でも、妙な具合なんだよなぁ。男子も女子もこそこそしてるし、裏で結託しているようだし」
「それが何ですか! そんなことを気にするササキ先生ではないでしょう!」
「でも、何を考えているんだかわからない、というのは、居心地が悪いものなんですよ」
 あっちゃー。
 私は目を覆った。
「どうしました?」
「あのねぇ、ササキ先生! 生徒を信じられなくてどないするの! アンタが教えてきた生徒は、こそこそ陰で悪いことするようなやつらだったの?!」
 間が空いた。
「ああ……そうか……」
 ササキ先生は、私の手を取って、
「目からうろこが落ちたよ。そうだよ。俺のクラスの生徒はみんな、いい子達なんだよ」
 そうそう、と私は答えてやる。
 チャイムが鳴った。
「じゃ、智子先生。授業行ってきます」
 若いねぇ。私はにやにやした。
 ササキ先生のモデルの先生も、私を四年生から六年生まで担当してたことがある。
 小学六年生……ちょうど友人から勧められて、『南国少年パプワくん』を初めて読んだ年だ。
 あの頃は、ハーレムに恋焦がれるようになるなんて、思いもよらなかった。あ、サービスに恋する方が先か。
 アニメもめっちゃ面白かったなぁ……おかげで続編の『PAPUWA』も全巻揃えたよ。
 私のことはいい。そろそろ本筋に戻らなきゃである。

 放課後――
「俺、アライ先生呼んでくるから、サービス、ササキ先生頼む」
「わかった」
 サービスは、アライ先生を呼びに、保健室に向かった。ハーレムはササキ先生を呼びに。

「アライ先生」
 ノックもせずにサービスは保健室に入った。彼らしくない行動だが、ハーレムとしては、丸である。
「あら、どうしたの? ハーレムくん」
 やはり、アライ先生は特に不審がる様子もない。
「俺と一緒に来てください」

「ササキ先生いますか?」
 ハーレムも、サービスとしての立ち居振る舞いが身に着いたようだった。
「……何だい?」
 にやにやしながらハーレムは言った。
「ちょっと教室まで来て欲しいんだけど」

 そしてよばれた二人の先生は。
 パーン! パパパパーン!
 クラッカーの洗礼を浴びた。
「こ……これは?」
「ササキ先生、アライ先生。おめでとうございます!」
 黒板にはでかでかと、『ササキ先生アライ先生婚約おめでとう』と書いてある。絵の上手な女子がイラストを描いた。紙で作った花が色を添えている。
「先生。このひも引っ張ってください」
 高松が促す。
「ああ……そ、そうだな」
 ひもを引っ張ると、くす玉が割れた。紙には『おめでとう』と書いてある。
「先生、おめでとうー!!」
 ひゅーひゅーとはやし立てる男子。ぱちぱちと拍手をする女子。
「み……みんな……」
 先生達は声に詰まったようだった。
「ありがとう。この想い出は、一生の宝物だよ」
 うーん、ありがちな台詞だけど、ま、いっか。
「あ……あのう……」
 おずおずと中の様子をうかがう女子がいる。リリーだ。
「あっ、そうだ。もう一人のカップルを忘れてた」
 誰かがサービスを押し遣り、リリーとくっつけた。サービスが照れて頭に手を遣る。ハーレムは笑顔で手を叩いている。
 高松はそれを見て、一物ありげな表情をした。――この三人、見てると面白いですねぇ。

HS ~ある双子の物語~ 第二十三話
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