HS ~ある双子の物語~ 第二十話

 ルーザーは、双子の部屋へ行く。鍵はかかっていない。ぎぃ、と木造の扉が開く。
 ルーザーは慈しむような目で、眠っている双子を見つめた。
「……ハーレム、サービス。兄さん達を騙そうとしているのかい?」
 彼は二人の額にキスをした。
「なにがあったのか知らないけど――僕には報告して欲しかったな」
 僕は相談するのに値しない人間なんだね。君達にとって。
「少し……寂しいよ……」
 ルーザーはサービスの綺麗な髪をひと房握って口づけた。
 これはルーハレなのかルーサビなのか……私にもよくはわからない。
「じゃあ、おやすみ、ハーレム、サービス」
 ルーザーはドアをバタンと閉じた。哀愁の表情を浮かべながら。

 話は飛んで翌日。学校の図書室――。
 サービスに付き合って朝早く登校していたハーレムはマンガを読みに来た。
 何人かの児童達が、机の周りに集まっている。テープや紙切れなどが、机の上に散乱している。半分の球形のものも。
「何してるんだ? おまえら」
「あ、見つかっちゃいましたね」
 高松がぺろっと舌を出す。
「サービスくん」
 女子の一人が言った。
「ササキ先生とアライ先生にくす玉作ってるんだよ」
「ふーん」
 ハーレムは頭を掻く。
「んで? 二人には言ったの?」
「それがねぇ、内緒なの」
「へ? こんなに散らかしておきながら?」
「だから、隠して持って行きやすいようにビニールシートの上で作ってんの」
「私のアイディアです」
 高松が手を上げた。そういえば、ちゃんと透明なビニールが敷いてある。
「他のクラスの方達にも、ちゃんと口止めしておきましたし」
「わかった。――んで、ぼくにも何かやれることない?」
 ハーレムも『ぼく』口調に馴染んできた感がある。
「えー。アンタも参加するんですかぁ?」
 高松が不満そうな声を出す。
「いいわよ。サービスくんだったら大歓迎!」
 さっきの女子が言った。
「――わかりました。でも、作業は丁寧にお願いします」
「おう」
「紙を三角形に切ってください。それだったらできますでしょう?」
「簡単だぜ」
 高松の言葉に頷いて、ハーレムははさみを持った。
 私の家族は、そういう内職のサギ(?)に遭ったことがあるのだが。それはまた別の話である。
 高松は心配していたようだが、ハーレムは案外三角形(でないものもあるけど)を器用に(でもないかもしれないけど)切っていく。
 大丈夫、と見てとったらしい高松は、くす玉の半球にに金色の折り紙を貼っていく。
「あ、みんなしてなにやってるんだい?」
 サービスの登場である。
「あ、ハーレムくん、おはよう」
「今ね、くす玉作ってんの。ササキ先生とアライ先生、結婚おめでとうって」
「へぇー、面白そう。手伝わせてよ」
「ハーレムくんはだめよ。不器用だもん」
「そんなことないよ。あいつに比べれば立派にできるって」
 サービスはハーレムを指差した。
「えっ?!」
 矛先を急に向けられたハーレムはびっくりした。
「そういえば……サービスくんちょっとヘタね」
「寝不足なの?」
「あ、いやぁ、あはは」
 ハーレムは笑っていたが、内心穏やかではなかった。
「いいえ……お上手ですよ」
 高松の台詞には、この後『ハーレムにしては』と続くのだが。
「おう! ありがとう! 高松!」
 ハーレムは元気よく礼を述べた。
「俺にもなんかやらせてよ。簡単なことでいいからさ」と、サービス。
「仕方ないなぁ……はい、はさみ」
「ありがと」
 サービスは本当に上手に、折り紙から星やハートを切っていく。
「へぇー。ハーレムくん上手ねぇ。見直しちゃった」
 さっきの子が感心したように褒める。
「えへへ……」
 サービスが照れ笑いをする。
 ハーレムも、三角形の紙吹雪を切るのに慣れてきたのか、結構綺麗な形になっていった。

 一人の男子が図書室に駆け込んできた。
「マッポだ! 隠せ!」
 マッポってなんだ? サービスとハーレムが疑問に思っている間に、高松達はビニールシートに道具を包み込み、ベランダに運んで行った。少し紙クズが散らばったが。
「……なんだあれ」
「……さぁ」
 ハーレムとサービスが顔を見合わせていると――
「騒がしいようだったがどうした?」
 ササキ先生がぬっと顔を出す。
「あ、ササキ先生。実は――」
 サービスが高松の方を見ると、ベランダへの出口付近にいた彼はバッテンの形を作った。サービスは、くす玉作りがササキ先生達には秘密でやっていたことを知らない。けれど、勘のいいサービスは素早く、先生達にはまだ隠していることを察した。サプライズってやつだろう。
 さっきの男子はどうやら見張りだったらしい。廊下に佇んでなにやってんのかなぁ、と思っていたら。
「なんでもありません」
 高松を見遣ると今度はマルの形をしていた。これでいいみたいだ。
「そうか。しかし、ハーレム、図書室に来るなんて感心だな」
「え? そうですか?」
 思わずハーレム本人が答えてしまう。
「まぁ、どうせマンガでも読みに来たんだろうがな」
 ササキ先生が、ははは、と笑う。ハーレムがなにか言いたそうな顔をしたが、事実だったらしく、黙っている。
「少しは真面目な本も読めよ」
 ササキ先生はサービスの額を軽く叩く。
「う~。今から読もうと思ったんです」
「そうかそうか。そいつはえらい」
 今度はサービスの頭を撫でる。
「大きなお世話です」
 実に、サービスには大きなお世話だった。マンガでない本を月に二十冊は読む彼なのだから。
 それもこれも、ハーレムのせいだ。ハーレムのせいで、かかなくていい恥をかいてしまったのだから。
 にしても、とサービスは思う。ほんとに、アライ先生はどこが良くてササキ先生を好きになったのだろうか。どうにも、ササキ先生とアライ先生の結婚を素直に祝福できないサービスであった。
 紙切れを拾い、散らかってるぞ、と先生が注意したので、一年生がなにかやっていたらしいです、俺達で後片付けします、とサービスは優等生の答えをした。心の中で、濡れ衣を着せた一年生に詫びながら。

HS ~ある双子の物語~ 第二十一話
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