HS ~ある双子の物語~ 第十九話

「ハーレムとサービスが変なんですよ」
 のっけから台詞で失礼! なお、この台詞は、ルーザーが発したものであった。
 ルーザーの向かい側に腰かけていたマジックは、飲みかけのコーヒーカップをソーサーに置いた。
「変……とは?」
「マジック兄さんは気付きませんでしたか?」
「そう言われてみると……サービスが泣いてたな。ロビンに嫌われた、と」
「ロビン?」
「ああ。犬の名前だよ」
「サービス、犬好きでしたっけ?」
「嫌いではないようだが」
「サービスには、むしろ猫が似合いますよ」
「サービス本人が猫のようだからな」
 猫のようなサービス。犬よりも猫の似合うサービス。マジックは一口コーヒーを啜った。
「僕もそう思います」
 ルーザーは紅茶だ。
 サービスには、ソドミアンや、常識的な道徳観念を持たない女の心を揺るがせる危なっかしさ、魅力を十にもならないのに備えていたが、今日のサービスは、まるきり普通の少年だった。
 反対に、ハーレムはどことなく色っぽいがきっちりしている。テーブルマナーも完璧だった。いつものハーレムは、テーブルマナーはなんとか及第点という程度なのに。
 まるで……まるで、二人は入れ換わったみたいだ。
 マジックはつらつらと考えてみた。
 答えはひとつしかなかった。
「率直に聞かせてくれ。おまえ、あの双子達に何かしたのか?」
「僕がですか?」
 心底意外そうにルーザーが訊き返した。
「ああ」
「冗談言うのやめてください。僕はそこまであの二人に干渉してない」
「ならいいがな」
「それより……ハーレムが僕に懐いてくれたんですよ」
「それがおかしいと言うんだ」
 マジックがダンッと机を叩いた。ソーサーの上に置いたカップが動いた。
「……怖いですねぇ」
「ああ、すまん。仕事の疲れもいろいろあってな」
「その年から、父さんみたいな口きかなくても結構ですよ」
 だが、日本に行く代わりに、頼まれた仕事は必ずやる。そうして交わした契約だった。
 マジックは忠実にそれをやっていた。
(日本は……いいな)
 マジック達はいつかは祖国に帰らねばならない。桜の木も植樹したというのに、その時、その木がどうなるかわからない。
 だから……いつまでもここにいたかった。
 私、Tomokoはしばらく傍観役に徹する。私が話しかけたところで、マジックもルーザーもはかばかしい返事はできないだろう。
 それよりなにより、その方が都合がいい。
 マジックはK国の仕事を父に任せて、数か月前からこの日本に来ていた。
 彼らは日本びいきだった。この国での生活にもすぐに慣れた。
 家は自分達で建てた。なにからなにまで手作りだ。しかし、変な業者よりずっといい仕事をしている。
 作業は主にマジックがやった。内装はルーザーも手伝ったが。庭作りはサービスも参加したが、ハーレムは理由をつけてさぼろうとした。
 そのくせ、ハーレムは友達を作るのが上手かった。ガキ大将におさまって、毎日楽しく暮らしていた。
 ――過去形なのは、双子達が入れ換わったからだ。
「やっぱり変ですよ」
「……え?」
 ルーザーの溜息混じりの言葉に、マジックは物想いから覚めた。
「すまん。ぼーっとしてた」
「兄さん、さっきから『すまん』ばっかりですねぇ」
 ルーザーがくすくすと笑った。
「で? なにがおかしいんだ?」
「あの二人ですよ。なにがどうとは言えませんが、とにかくおかしいです」
「根拠はどこにある」
「あの二人には、何か秘密がありそうです」
 そう言って、ルーザーはにいっと笑った。ハーレムがいたら、悪魔の微笑みに見えたに違いなかった。
「たとえば……二人が入れ換わっているとか」
 ぎくっ。もう私の仕業だとばれたかしら……まだそこまでは行ってないか。
 しかし、演技をしてても、二人の兄達は何かあやしんでいるみたいだね。ハーレム、サービス。
「だが、なんの為に?」
 そう。なんの為に。動機がわからないので、いまいち入れ換わり説に確証が持てないのだ。
「そうですねぇ……そうだ! ハーレムにリリーという女の子から連絡が来ました。詳しくはわかりませんが……サービスがその子に恋した為に、ハーレムと入れ換わってなりきっているとか」
「リリーというのは、ガールフレンドか? その子はハーレムが好きなのか? 入れ換わりには、ハーレムは納得してるのか?」
「一番目の質問に対しては、Yesだと考えています。でも、二番目のはわかりません。多分そうなんだと思いますけど。ハーレムもああ見えてモテますからね。あと、三番目は推測の域を出ませんが、ハーレムも了承済みでしょう」
「どんな子だ?」
「わかりません。けれど、可愛い声してましたよ」
「おまえの言う通りだとすると、それは、ハーレムの友達か? サービスの友達か?」
 それを言われると……どうなんだろう。――傍観役に徹すると言ったのに、ついつい話の腰を折ってしまう。
 表面的にはハーレムの友達で、でも、本当はサービスであるハーレムとつきあっていて……だから、本当はサービスの友達なんだけど……。
 うああ! ややこしい! 私のか弱い頭脳には到底ついていけないわ。
 どうしてこんな話、書くことにしたんだろう……ちょっとべそ。
 なぁんてね。本当は一応把握しているつもりよ。なんてったって語り手だもん。こういう話も一度は書いてみたかったしね。
 それに、本当にわからなくなったら、誤魔化すか、消すか、書き直すもんね。語り手兼書き手の特権であります。
「二人の友達ってわけじゃありませんか?」
 ルーザーが言う。
「そうだな……あの子達もじき大人になる。ガールフレンドの一人や二人、いてもいい頃だ」
「嫌ですねぇ。まだまだですよ。それに……」
 ルーザーは真面目な顔になった。
「僕は、あの子だけは譲りませんよ」
「あの子って?」
「さあね」
 紅茶を飲み終えたルーザーは、ティーポットからお代わりをとぽとぽと注いだ。
(そう……意地っ張りな癖に、どこか憎めないあの子だけは……)
 くっとカップを口元で傾ける。
 視点が混乱してしまった。 ……まぁ、今更って気もするっちゃするんだけど。
 でも、そう。この台詞は入れたかった。ルーザーが誰を想っているのかを。
 もうお気付きの方もいると思います。ルーザーはハーレムが気になるんです。
 まだ恋とは呼べないけれど……。
 いいんです。私はルーザーとハーレムのカップリングが大好きなのです。同志の方、一緒に茨道を歩みましょう。
 ……って、仲間募集してどうする。
 私もお出かけを前にして、少し焦っているのです。
 サービスも、日曜はリリーとお出かけ。さぞ嬉しいでしょうね。
 ルーザーは憂いを帯びた表情を見せた。マジックはそれが気になった。
「おまえはなにを考えている? ルーザー。今のおまえは……少しいつもと違うような気がするぞ」
「そうですね。僕も変かもしれません」
 ルーザーもまたカップに口をつけた。
 こうして、マジックとルーザーの夜の話し合いは終わった。
 さて、私もそろそろ行かないと。
 次回に続く。

HS ~ある双子の物語~ 第二十話
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