HS ~ある双子の物語~ 第十八話

 リン、リン、リン……。
 部屋の電話が軽やかな音を立てて鳴った。
「あー、ハーレム出て―」
「はいよ」
 ハーレムが電話に出た。
「もしもしー」
「ああ、サービスかい? ルーザーだけど」
 ハーレムは、相手に見えないと思って、思い切りしかめ面をした。ルーザーの名前なんて、こんな時に聞きたいものではない。
「ハーレムに、クラスメートから電話が来てるよ」
 そして、嬉しそうに付け足した。
「女の子からだよ」
 あー、そうかいそうかい。
「ハーレム、案外モテるんだね」
(案外はよけいだ)
「今、その子の電話と繋ぐからね」
 マジック邸には、電話の交換台があったのだった。
 え? 1950年代に、そんなもんあったのかって?
 あったんです。そういうことにしといてください。マジック邸には、いろいろ便利なものがあるんですから。
「リリーちゃんと言ったかな。ハーレム呼んできて」
「へーい」
「サービス、返事は『はい』だよ」
「……はい」
 そして、ハーレムはサービスに向かってぶっきらぼうに言った。
「サービス、リリーから電話」
「え?」
 サービスの目の色が変わった。
「もうー。どうしてさっさと言わないのさ、君ったら」
「俺が知るかよ。早く出なよ」
 サービスが受話器に飛びついた。
「あ、ルーザーにい……じゃなかった。兄貴? リリーに換わってくれよ」
 サービスの演技に、ハーレムはうんうんと頷いた。確かに、ハーレムの口調そっくりだった。ルーザーに対しても。
(サービスががんばってるんだ。俺もなんとかしないといけないなぁ)
 ハーレムは、ルーザーの前でも、もう少し上品に振る舞おうと決めた――のだが。
「あ、もしもしリリー?」
 サービスは、ハーレムに睨みつけるような視線を送った。『どこか行け』という合図である。それにも関わらず、ハーレムはにやにやしながらサービスを見ていた。
 サービスは、ハーレムを無視することに決めたらしい。
「え? 遊園地? へぇー、俺も行ってみたいなぁ」
 ハーレムは吹き出しそうになった。というか、実際吹き出した。
 サービスがじろりとこちらを見る。
「うん、わかった。今度の日曜日ね。何時がいい?」
 サービスとリリーが時間と待ち合わせ場所を決めている間、ハーレムはくすくすと笑っていた。
 サービスが時々、
(何か文句ある?)
 と言いたそうな目でいるから、ますます可笑しい。
 ああ。サービスが、
「遊園地なんて子供っぽいところ、もう卒業だよ」
 なんてのたまっていたことを、リリーに知らせてやりたい。
「へぇー。メリーゴーランド乗りたいんだ。俺も一緒に乗っていい?」
 の件では、腹を抱えて笑った。もちろん、今度は声も抑えずに。
「え? あ、いや、あのね、サービスのバカが笑ってただけ」
 サービスも意趣返しと、そんなことを言った。『どうしたのか?』とでも訊かれたのだろう。
 あ、今、ハーレム視点だから、リリーがどんな話をしているかはわからないの。
 ……って、本当はわかってるんだけどね。私、天下の語り部ですから。
 いや、天下の、は大きく出過ぎたな。反省。
 ただ、サービスもリリーも、大したことは喋っていない。遊園地に遊びに行く約束をとりつけただけである。
 チン、と受話器が置かれた。
「さてと、ハーレム」
 サービスが怖い顔をしていた。怒ってる怒ってる。
「よくも人が電話している間、笑ってくれたね」
「だって……俺と話す時と、全然違うんだもん。あひ、あひ……」
「何がそんなにおかしいんだい」
「だっておまえ……メリーゴーランドなんて子供の乗り物だって、言ってたじゃねぇか」
「気が変わったんだよ」
 サービスが、ふん、と肩を聳やかす。
「リリーのおかげで、メリーゴーランドも好きになったのか?」
「ハーレム! それ以上からかうと、許さないぞ!」
「はん。おまえに何ができる」
「ぼくに逆らうとだな……」
 サービスがにやりと笑った。
「こうだぞ!」
 そして、サービスはハーレムを大きな二人用のベッドに転ばし、こちょこちょと脇や背中をくすぐる。
「わっわっ、ちょっとやめろって、苦しい」
「さっきのお返しだ!」
「わー! やめー!」
「参ったか、参ったか!」
 サービスはなおもくすぐる。
 サービスの体は(もちろんハーレムも)、わりと感じやすい方なのだ。だから、体をくすぐれば――陥落する。
 先手を打ったサービスが主導権を握った。
 言っておくけおど、これ、子供同士の遊びですからねぇー。他意はないのよ。ああ、でも、こんなに楽しいのはなんでだろう。
「あは、あは、やめてぇー」
 苦しいはずなのに、なんだか喘ぎ声のような声も出てしまっているハーレム。
 ――だから、変な意味で書いているんではないってば。
「ハーレム、サービス」
 マジックが双子の部屋に来た。
「何かあったのかい?」
「あ、マジック兄貴」
「マジックお兄ちゃん」
 ハーレムとサービスが、同時に話した。
「……もう寝る時間だぞ。あまりうるさくするなよ」
「――わかってるよ」
「特にハーレム!」
 サービスは、マジックに指差され、「へ?」というような顔をした。
 ハーレムは相変わらず、いや今回は、「ざまぁ見ろ」といった感じでひいひいと笑っている。
「わかった。もう寝る」
 すっかりへそを曲げたサービスは、ベッドの中に潜り込んだ。
「ほら、サービスも」
 はーい、と素直に返事をして、ハーレムは自分の体に布団をかける。
 マジックは、サービスとハーレムにおやすみのキスをする。そして、部屋の電気を暗くして出て行った。
「ねぇ、ハーレム。なぜ君がいたずらばっかりする悪い子になっちゃったのか、わかるような気がするよ」
 ハーレムは、うるせっ、と反発すると、頭から布団をすっぽり被った。もう大人しくなんて振る舞ってやるもんか!

HS ~ある双子の物語~ 第十九話
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