HS ~ある双子の物語~ 第十七話 かちゃかちゃと、食器の響き合う音が響き渡る。夕食の後の皿洗いだ。 ルーザーと……見た目は『サービス』のハーレムが、洗剤を泡立てて汚れを落としていく。 (なんで俺がこんな……) ハーレムは不満顔だった。 「今日のお片づけ、手伝ってね、サービス」 ルーザーは、天使のような笑顔で言ったのだ。バレるわけにはいかない。ルーザーを邪険にする代わり、ハーレムはこの次兄を恐れてもいた。 頼みごとなら、時には聞いた方が得だ。 そう判断したハーレムは、ただいま油汚れと格闘真っ最中。 素直なのか、意地っ張りなのか、てんでわからないのである。このハーレムという子については。語り手である私にも。 ただ、サービスぶりっ子が板についたのは確かである。 それに、昔はミツヤと一緒に台所仕事をやったものだ。ごく簡単なものだったが。 (面倒だよなぁ……) その面倒な仕事を、マジックやルーザーは易々とやってのけるのだから、大したものである。 マジック邸の料理は品数が多いから、それに比例して使う器も増えていく。 要するに、大食漢なのだ。この家の住人は。食の細そうなサービスでさえ、普通の子の二倍は口に入れている。 描写が長くなった。要するに、今、ルーザーとハーレムは二人きりというわけだ。 こんなに大変なら、俺も自分の分くらいは洗おうかな。そう思った時だった。 「サービス。高松くんにあんなこと言ってはいけないよ」 ルーザーに声をかけられ、ハーレムは食器を落とすところであった。 「な……何のことだよ」 「高松くんに、僕のことが好きなんじゃないかって、からかったじゃないか」 「……聞いてたのかよ」 ハーレムは舌打ちした。 「どうも、いつものサービスじゃないね」 「からかったつもりなんて、なかったさ」 ハーレムがぶつくさ文句を言った。この二人、会話が噛み合ってない。 「地獄耳なんだな」 「地獄耳はないだろう? サービス」 ルーザーは首を傾げた。ハーレムの話題に合わせることに決めたらしい。 「かわいそうに。高松くんをあんなに動揺させて」 「たまたまそう見えただけだろ」 「でも、高松くん、イヤな思いをしなかっただろうかね。君に言われたことで」 「あいつは、ルーザー兄さんのことは苦手だって言ってたぜ」 「そうは見えなかったけど?」 ルーザーは微笑んだ。その笑顔が、魅力的に映ることは知っているらしい。ハーレムも、その美しさは認める。 (性格は極悪だがな) こっそり心の中でつぶやきながら。 「それにしても、サービスは反抗期なのかな?」 洗った皿を整頓しながら、ルーザーが言った。 「なんで?」 ハーレムが訊くと、ルーザーが、ハーレムの尤も恐れていた言葉を紡いだ。 「だって、今のサービス、ハーレムみたいだよ」 ハーレムは食器をがちゃんと取り落とした。 そして、後ろも見ずに走り出した。 「あっ! サービス!」 ルーザーが止めるのも気にしない。 ハーレムは自分達の部屋に戻り、鍵をかけた。 その勢いに、一足先に部屋に戻っていたサービスは驚いた。 「ど……どうしたの?」 「この家を出る!」 「ええっ?! どうして!」 「ルーザーにバレるかもしんねぇ。ああ、それも時間の問題だ! とにかく、俺はここを出る!」 「だから、どうして!」 「ルーザーが俺のことを疑ってる」 ハーレムが断言した。 「だから逃げる」 「だめだよ、そんな」 「止めるな、サービス」 「だって……」 いきなり入れ換わったのだ。 (いつまたTomokoさんがいたずらっ気を起こすとは限らない。気が付いたらどこか知らない街だったというのはごめんだ) とサービスは思った。 それに――ハーレムがいなくなったマジック邸は、灯の消えたように寂しいだろう。 「ハーレム……とにかく家出なんてやめて……」 サービスは目元を拭った。 ハーレムは少々バツが悪そうに頭を掻いた。 「わぁったよ。だから泣くな」 「泣いてないよ。目がかゆかっただけ」 「こいつ……」 だが、ハーレムは笑った。 「まぁ、まだルーザーにバレたというはっきりした証拠があるわけでなし、しばらくはここにいるよ」 「よかった……」 「それに……マジック兄貴にも心配かけたくないしな」 「じゃ、お風呂に入ろうか」 サービスが提案した。 「わかった」 ハーレムも頷いた。 サービスとハーレムは、風呂場に向かった。 サービスは、ハーレムの頭や体を入念に洗った。朝と同じく。やっぱり気持ちいいな……ハーレムがうとうととしていた時だった。 「ねぇ、ハーレム。宿題はやった?」 「やってねぇ。そんな時間もなかったからな」 「だめじゃないか。ぼくなんかもう終わらせたよ」 「めんどくせぇし」 ハーレムが言うと、サービスが仕方なさそうに、 「全く、君ってやつは、いつも『めんどくさい』なんだね」 と、指を動かしながら独り言を言った。それを聞いたハーレムは、 「遊ぶのは楽しいから、めんどくさくないぞ」 と答えた。 サービスは、はいはい、と流して相手にしなかった。 「おまえ、まだ入ンねぇのか?」 湯船の中に入ったハーレムが、サービスに訊いた。 「うん。君の体もぴかぴかに磨きあげなきゃね」 「そんなこと、いいのに」 「ぼくがしたいんだよ。君だって、磨けば光るのに」 「女じゃあるまいし、そんなことに興味ねぇよ」 「待っててね。今、君もびっくりするぐらいのいい男になるから」 リリーの為にか? ハーレムが揶揄すると、バカ!というサービスの返事が返ってきた。 ハーレムはアヒルの玩具で遊びながら、サービスが自分の体を洗い終えるのを待った。 サービスの言葉に嘘はなかった。肌のケアなどをして、ドライヤーで髪を乾かしている『ハーレム』(中身はサービス)の姿に、ハーレムは思わず惚れ惚れとしてしまった。 BACK/HOME |