HS ~ある双子の物語~ 第十六話

「ルーザーのことなんか気にすんなよ」
「……そうですね」
 結局、高松はハーレムの家に行くことになった。
「ただいまー」
「お帰りなさい」
(げっ! ルーザー!)
 いきなりルーザーに鉢合わせしてしまった。ハーレムは、ちら、と高松の方を見る。高松は俯いていた。
「今日はお友達も連れて来たの? 高松くんだっけ?」
「なっ……一度会ったばかりなのに名前まで」
「おまえだって、ルーザーとはあまり会ったことねぇだろが」
「それはまぁ……」
「僕は、一度会った人のことは大抵覚えているんだよ。特に、こんな可愛い子はね」
「はぁ……そうですか」
 可愛いなんて言われたことの少ない高松は、照れながら上目遣いでルーザーを見た。
「おい、マジック兄貴……じゃなかった、兄さん呼んできてくれよ。ルーザー」
「はいはい。君は実の兄をあごでこき使うんだね。サービス。まるでハーレムだ」
 ルーザーがそう言うと、ハーレムの表情が変わった。
 この完璧な演技がバレたというのか。
 そんな驚きに満ちたハーレムに対し、ルーザーはふっと笑った。
「わかった。兄さんに声かけてくるよ」
 ルーザーは行ってしまった。
「あいつ……俺とサービスのこと、知ってんのかな。あいつはどうにもわからねぇからな」
「さぁ……それはどうだか私にも……家族にまで秘密なんですか?」
「ああ。おまえにバレたのも予想外だったんだよ」
 ああ、そうそう。書くのを忘れていたが、高松は学校から帰る前、ハーレムにも、
「アンタが『サービス』でないことは知っているんですよ」
 と告げていたのだ。
 そして先程、高松に、遊びに来いと家に誘った道すがら、ハーレムは、朝起きたらサービスと容姿が入れ換わっていたことを簡単に説明した。そして、
「こんなこと、他の奴らに言ったら許さないぞ」
 と、話の最後に脅した。その時、高松は肩をちょっと竦めた。
「やぁ、いらっしゃい。高松くん」
「こんにちは。マジック様」
「いつも礼儀正しいね。さぁ、入っておくれ。おやつがあるから」
「いただきます」
 高松はお辞儀をした。
「日本人は、君のように折り目正しい子が多いね。弟達にも見習わせたいよ」
「大きなお世話だよ」
 ハーレムが悪態を吐いた。
(このままでは、ハーレムとサービスが入れ換わっているのが知られるのも時間の問題ではないでしょうか……)
 他人事ながら気になる高松であった。
(それに、何で私を誘ってくれたんでしょうかねぇ……)
「ん? どうした? 高松。黙りこくって」
 ハーレムが訊いた。
「えっと、サービスに質問があるんですが……その……」
「ああ、わかった。私はあっちに行ってるよ」
 敏いマジックには、すぐさま、自分はここにいない方がいいとわかったらしい。
 マジックがいなくなった後、ハーレムと高松は二人きりになった。
「んで? 質問って?」
「いえね。どうして私を家なんかによんだりしたんです。私はあなた方の正体を知っているんですよ」
「それが?」
「マジック様やルーザー様にも秘密でしょう?」
「そうだけど?」
「私がアンタ達のこと、告げ口しないと思ったんですか?」
「ああ、それは」
 ハーレムの顔がぱっと輝いた。
「俺達、友達だろ?」
(えっ……?!)
 意外な答えに、高松は戸惑った。
「友達が家にくるのは当たり前なんだよ」
「で、でも、私は、あなた達の秘密を知ってて……その……」
「ああ、なんだ。そんなことか。だって、俺、おまえのこと信じてるもん」
(信じてる……)
 聞き慣れない言葉だ。高松にそう言ってくれるのは、家族しかいない。
「ハーレム!」
 高松は思わず大きな声で呼んだ。ハーレムは、ぎょっとした。
「な……なんだよ」
「私もアンタのこと、友達だと思ってます!」
「ありがとよ……」
 ハーレムは鼻の下をこすった。
「でも、俺は、兄貴達の前では『サービス』だからな。忘れるんじゃないぞ」
「わかってます」
 高松は頷いた。
 リビングに来た高松とハーレムの二人に、マジックは残ったケーキを差し出した。
「はい、これ。私自慢のフルーツケーキだよ」
「ありがとうございます」
 きっと何でもできる人なんだな、と思いつつ、高松はケーキをフォークで崩して口に入れた。
 スポンジがふんわりとしている。
「美味しい……!」
「お茶もあるよ。ルーザーが淹れてくれたお茶だ」
 高松はまた、
「ありがとうございます」
 とお礼を言うと、ティーカップに口をつけて、いい匂いのする液体を嚥下した。
「うわあ……」
 口の中で美味しさの花が開く。
 ハーレムとサービスは、いつもこんな贅沢なものを食べているのだ。
(羨ましい……)
 こんなものを毎日食していたら、英国紳士にもなれるであろう。
 いやいや、サービスはともかく、ハーレムは……。そこまで考えて、高松ははっとした。
(口こそ悪いけれど、ハーレムも真の紳士ではないか)
 うふふ。やはり、そう思う?
(Tomokoさん……)
 将来が楽しみだね。ハーレムの。サービスもだけど。
(ええ、そうですね)
 ルーザーが入ってきた。
「僕の淹れたお茶はお口に合うかい? 高松くん」
「は……はい……!」
 高松は慌てて返事をした。
 彼は、ルーザーを見て、少し照れたように視線を逸らした。ハーレムは、おや?と思った。
「おまえさぁ、本当はルーザーに惚れてるんじゃないか?」
 小声で高松に訊いた。
 高松は、「まさか」と一笑に付した。
 しかし、その後、お茶が気管に入ったらしく、ごほごほと噎せたが。

HS ~ある双子の物語~ 第十七話
BACK/HOME