HS ~ある双子の物語~ 第十三話

「おーい。ハーレムー」
(ゲッ! なんでこんな時に来るんだ、ハーレム)
 そう思ったのは、今は『ハーレム』であるところのサービスである。……なんかややこしいな。
「グラウンド五年の奴らに取られちゃったよ。もう帰ろうぜー」
「待ってよ。ぼくには仕事が……」
「そんなのぱっぱっと終わらせればいいんだよ。ちょっと貸してみろ」
 ハーレムがサービスから日誌とペンを奪い取る。
「きょうは、なにもありませんでした、まる」
 と書いた。――ミミズののたくったような字で。
「さぁ、これで済んだだろ。帰ろうぜ」
 ハーレムは天真爛漫にけらけら笑い出す。
「サービスくん、この字……」
 リリーは絶句していた。

「やぁ、ゆかいゆかい」
 ハーレムは笑いながら言う。美しい金髪が風に靡く。
「何がそんなにゆかいなんですか?」
 高松が仕方なさそうに問う。
「俺、人生でおちこんだことないんだぜ」
「――さもありなん」
 高松が、深い深い溜息を吐いた。
 後ろには、リリーとサービスが手を繋いでいる。
「あいつら、応援してやりてぇな」
 ハーレムが高松に耳打ちする。
「サービスとリリーですか。とりもち役を引き受けるなんて、アンタも物好きな……」
「へぇ。じゃあ、おまえは好きじゃないのかよ」
「そういうことは――はっきり言って大好きです!」
「そう来ると思った。でもなぁ、よく思わないやつらがいるんだよな」
「――番長グループですか?」
「ああ。あのクラスの番長は本当は俺なんだがな……あいつら、よからぬたくらみをしなければいいけどな」
「なんで疑っているんですか?」
「んー、顔が悪い」
 高松はぶっと噴き出した。
「なんだよ」
「いや、あなたがそれ言うかと思いましてね。人のことは言えない……むぐ」
「ヤロウ~……これでも今は世紀の美少年なんだぜ」
「……サービスが聞いたらどう思いますかねぇ」
「さぁな。ただ、今はサービスのヤツ、リリーに夢中だもん」
 だから、俺が守ってやるのさ。そう言って、ハーレムは白い歯を見せた。陽光が彼を照らす。
 一瞬、高松はサービスに嫉妬した。そして、守るべきもののあるハーレムにも。
(私は、一生裏方なんでしょうかねぇ……)
 そんなこともないと思うけど。
(ありがとうございます。Tomokoさん。でも、私は彼らのように無邪気にはなれないんですよ)
 過去に何かありましたか?
(実の親に死なれただけです。私には、家族もいます。彼らも同じような環境のくせに、どうしてあんなに明るいんでしょう。明る過ぎて、眩しくて、くらくらしそうですよ)
 つまり、太陽のような存在だと。
(ええ、まぁ……)
 でも、彼らだって、いろいろあるかもしれませんよ。
(だけど、明るく振る舞おうとしています。そこがえらいです。私にはないものですから)
 太陽の方を向くひまわりのように。
(ええ。惹きつけられます)
 高松、あなた今日はやけに素直ですね。
(あなた、私を何だと思っているんですか)
 ひねくれぼうず。
(確かにね)
「おーい、高松。何ぼーっとしてんだよ」
 ハーレムが高松の目の前で手をひらひらさせる。時間は一分も経っていない。
(この双子といる時が、私の憩いの時間ですね)
 そう。そして、この双子の絆は、入れ換わっただけでは切ることができない。
(全くです)
 ――その時であった。黒く大きな犬が、目の前に現われた。
「やぁ、ロビンだ。おいで、ロビン」
 ハーレムが無邪気に手を差し出す。
 だが、ロビンはうう~っと牙を向いた。
「どうしたんだよ、ロビン、俺だよ」
 それでも、ロビンはハーレムを威嚇するのをやめない。
「どうしたんだよ……友達だったろう、なぁ」
 ハーレムの顔には、ショックと――それから微かな怯えがある。
 怯え。
 確かにハーレムの中に浮かんだものだった。
「きゃっ、この犬! この間の!」
 リリーが叫んだ。サービスはピンと来た。
「リリーを襲った犬か?! さぁ来い! おまえなんか怖くないぞ!」
 サービスがリリーを後ろに下がらせて、黒犬と戦おうとした――その瞬間!
 ロビンが尻尾を振って、サービスに近寄り始めた。
「な……何だい? どうしたんだ? 急に。この犬は」
「……どうしたって……ハーレムくんのお友達、でしょ? ハーレムくんの方がよくわかるんじゃないの?」
 不思議がるサービスの袖を、リリーが引っ張った。
「ワン! ワン!」
 急に飛びかかられて、サービスは尻もちを着いた。
 だが、そこに敵意はない。
 ロビンは、サービスにじゃれつき始めた。そして、べろんべろんと大きな舌でサービスの頬をなめ始める。
「あはははは。やめてよ。くすぐったいよ」
 そんな様子を見ていたハーレムは――。
 信じられない、という風に目を張り裂けんばかりに見開いて、佇んでいた。
(ハーレム……)
 高松は気懸りそうにそちらを見遣る。
 が、やがて、ハーレムが駆け出して行った。
 驚いた……何という脆さだろう。
 どんな人間にも傷つけられないと思っていた気高い少年は、たった一匹の犬のおかげで、不幸のどん底へと突き落とされた。
 それは、裏切られた――ハーレムにとってみれば、そんな気持ちだったかもしれぬ。今まで知らなかった感情を思い知らされたのだ。
 しかし、ロビンには罪はない。それがいっそう遣る瀬ない。
(誰しも万能ではありませんしねぇ……)
 高松は思った。涙が一筋、こぼれた。
(でも、あなたにはもっと強くあって欲しかった……ハーレム。さっきのように笑ってほしかった)
「どうしたの? サービスくん」
「え? ああ……どうしたんだろうな」
 鈍いサービスとリリーが憎い、と高松は思った。あなたの隣にいるのは、ハーレムではなくサービスなんですよ、と教えてやりたかった。
「高松まで……どうしちゃったんだよ!」
 サービスは、ハーレムからリリーもロビンも奪った。しかし本人はそれを知らない。そして、憎むには、サービス達は優し過ぎた。光化学スモッグですよ、と高松は嘘をついた。
HS ~ある双子の物語~ 第十四話
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