HS ~ある双子の物語~ 第十二話

 学級日誌を懸命につけているサービスに、高松が話しかけた。
「ちょっとここ、いいですか?」
「――いいけど」
 断る理由もないので、サービスが言った。
 教室には誰もいない。窓から日が差している。
 高松は、サービスの前の席に座った。そうして、サービスのやることをじっと見ている。
「ねぇ、ハーレム」
「なんだい?」
「あなた、本当はハーレムじゃないでしょ」
 いきなりずばりと核心を突かれ、サービスは慌てた。
「ぼくは……いや、俺はハーレムだよ! 決まってるじゃないか!」
 おやおや。ハーレムになるのは嫌だったんじゃないの?
「だって、あの頃はリリーがいなかったから……ぼくの正体がわかると、ぼくがリリーをだましてたことになるんだよ」
 今だってそうじゃない。
「そう。だから、一度ついたウソはつき通すよ」
「ハーレム。誰と喋っているんですか?」
「独り言だよ、独り言」
「ふぅん。まぁ、心当たりはありますがね」
 高松がニヤニヤしている。
(くっ……こんなに何でもわかっているようなたいどを取るこいつは、苦手だな……)
「それにしても、何で動転してるんですか? 私は、『いつものハーレムじゃありませんねぇ』と、言いたかっただけなんですが」
 やられた……! サービスはそう思った。
(Tomokoさん! 君のせいだからね!)
 リリーに告白されて鼻の下伸ばしてたのは、誰でしたっけねぇ。
(あなたがこんなややこしいことをしなければ、何も困ることは起こらないはずだよ)
 ま、それはそうだ。私は、ハーレムの姿のサービスと、サービスの姿のハーレムを見てみたかったんだ。でも、どうやってアンタ達を入れ換えたかは知らない。
 ――神様がやったんだったりして。
(そんな神様なら、ぼく、信じないよ)
 まぁま、冗談だって。
「サービス、何ぼーっとしてるんですか」
 高松が指摘する。サービスのペンは止まったままだった。
「あ、え……? 今、サービスって?」
「そう。あなたはサービスでしょう!」
 サービスはがくっと項垂れた。
 正体がバレた……。
(ぼくは、どうすればいい……?)
「君の気のせいじゃないかい?」
 サービスは一応抗弁を試みた。
「いいや。誰に何と言われようと、あなたはサービスだって、保証しますよ。それに――」
 高松はそこで一拍置いた。
「本当のハーレムだったら、日誌なんかつけません。もうとっくに帰ってるか、遊びに行ってるかしてます」
 高松の鋭い指摘に、サービスは今度こそ諦めた。
「そうだよ……ぼくは、サービスだよ」
「なんでハーレムの姿なんですか?」
「それはぼくが訊きたいよ……」
「入れ換わって、みんなをおどかすつもりとか?」
「君じゃあるまいし」
「じゃあ……やっぱり、あの人のせいですか?」
「あの人?」
「この話の語り手ですよ。確かTomokoさんと言いましたね」
「ああ。この話の最初の方でも、しゃしゃり出て来た人だ。夢の中の人物だと思ったけど、違ってたみたいだね。だけどさ、高松――」
 サービスが、真剣な顔をしながら、高松の顔を見る。
「な、なんだか、あなたに見つめられると、妙な気分になりますよ。ハーレムにそうされてるみたいで」
「ぼくだって、好きでこんな姿してるんじゃない。――Tomokoさんのことを言ったら、ぼくに変な顔をされるとは思わなかった?」
「そうはならないと、確信はありました。最初から夢ではないことも、サービス、あなたがTomokoさんを知っていることも。私も、Tomokoさんとコンタクト取れますしね。まぁ、だから――」
 高松は指先で机をとんとんと叩いた。
「あなた方が変だったのは、彼女が関わってのことだろうと、だいたい見当ついたんですよ。そうでしょ? Tomokoさん」
 その通りだよ。大当たり~。どーん。
「あ。Tomokoさん。ぼくはしばらくは元に戻れなくてもいいからね」
 はいはい。リリーちゃんがいるからでしょ?
「うん、まぁ、それはそうだけど……」
「サービス、早く日誌、書いた方がいいですよ」
「あ、うん。それと――」
「なんです?」
「公共の場では、ぼくのことは『ハーレム』と呼んでくれないかな」
「あたりきしゃりきの車引き、ですよ」
 高松がにっと笑った。
「ハーレムくん」
 高い、可憐な声がした。
「彼女のお出ましですよ」
「あ、もう少しで終わる」
 サービスは、急いで日誌をつけ始めた。
「ちょっと、入っていい?」
「どうぞ」
 高松の言葉に、リリーはおずおずと教室に入って行った。
 放課後とはいえ、別のクラスに入るのって、緊張するよね。私だけ?
「まぁまぁどうぞ。ここに座ってください」
 立ち上がった高松は、椅子をサービスの隣に運び、招じ入れたリリーに勧めた。
「ありがとう」
 礼を言うと、リリーがふわっと座る。いい匂いが辺りに漂った。
(可愛い子って……やっぱりいい匂いするんだな)
 サービスも、以前は清潔さにかけては負けていなかったと思うが、やはり、女の子の匂いというのは、格別なものらしい。
(どんなシャンプー使ってるのかな)
 彼は、ついついそんなことを考えてしまう。
 でも、今のサービスは、『ハーレム』なのだ。洗剤や、シャンプーや、ボディソープなどには、一片の興味も見せないはずの――。
 だから、サービスは、そのことについては何も言わない。
「学級日誌つけてるの? ハーレムくん、字、きれいね」
 ぷーっと、高松が吹き出した。
 ハーレムの本来の字は、ミミズがのたくったようなものである。
「高松」
 サービスがじろっと睨んだ。
「どうしたの? ハーレムくん」
「いや、こいつがフシンな動きをしたからね」
「そうなの」
 リリーは小首を傾げる。
(やっぱり、この子は可愛いな……)
 サービスは、つい見惚れてしまった。
 高松は、面白いものが見れたと、満足している。
「ねぇ、ハーレムくん。今日一緒に帰らない?」
 サービスは喜んで承知した。

HS ~ある双子の物語~ 第十三話
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