HS ~ある双子の物語~ 第一話

 チリリン、チリリン、チリリン、チリリン……
「ん? もう朝――」
 サービスは爽やかな鈴の音を鳴らす目覚ましを止める。
 もうサービスの頭は起きていた。寝起きの良い少年である。
 バスルームへ行って、シャワーを浴びる。水滴が体に心地良い。
 皮膚を傷つけぬようにマッサージするように肌にスポンジを当てる。体の隅々まで洗う。もちろん、髪も洗う。
 というより、髪が一番神経を使うところなのだ。
 念入りにシャンプーをして、リンスをして、トリートメント。特別に誂えてもらったドライヤーを使う。
 その前に、体を余すところなく拭く。
 或る程度髪が乾くと、先日選んでおいた洋服を着て身支度を整える。
 そして、丁寧に髪を梳く。一本一本のキューティクルまで大事にして。
 サービスの髪は美しい金髪だ。それを損なわないように、彼は日々努力している。
 彼は、自分の美貌を保つのが好きなのだ。鏡に映った少年の顔は、女の子と見紛うばかりの可愛さだ。事実、女の子と間違えられて、声をかけられることもある。
 それでも、サービスは、根はやっぱり少年なのだ。今のところ、男よりも女の子の方が好きだ。だから、男に騒がれても嬉しくない。
 今のところ――と言ったが、それは、そう遠くない未来にジャンと出会うからである。
「おー、やっぱり俺も出るんだ」
「出番は少なさそうですけどね。ここだけだったりして」
「んだよぉ、高松」
 さぁさ、掛け合いはいいですから。そうこうしているうちに、朝ごはんの時間になりましたよ。
 焼きたてのパンにゆで卵、スープにオレンジジュースにたっぷりのバタにマフィン、蜂蜜と苺とヨーグルト、英国のブレックファーストだ。
 ああ、そうそう。紅茶も忘れてはならない。マジックが金にあかせて買った、皇帝の紅茶だ。
 サービスは、きちんとお祈りをしてから食べる。家庭教師イザベラが彼ら四兄弟(マジック、ルーザー、ハーレム、サービス)に身に着けさせた習慣だが、サービスは儀礼的にやっている。ハーレムに至っては、そんなもの忘れ去っている。
 え? イザベラって誰かって? 私、Tomokoのオリジナルキャラです。他の話にも出ているので、興味のある方、暇な方は捜してみてね。
「宣伝やってる場合じゃないでしょうが」
 はいはい。高松はツッコミ役が板についてきましたね。
 マジックもルーザーもお祈りをしてから、優雅に食事をする。
 サービスの話に、二人の兄は耳を傾ける。ルーザーの話が他の兄弟の興味を惹く。マジックが他の二人を笑わす――総帥としてのマジックの顔しか知らない人達にとっては、意外であるかもしれないが、この男には真のユーモアがある。
 さて、ハーレムのいない間に、和やかに平和に流れていく朝食タイムではありましたが――。
 一方、そのハーレムはというと。
 時間は少し遡る。ジリリリリ、と、情緒もへったくれもありはしないベルの音に、ベッドがもぞもぞする。
「う、う~ん。まだ眠いよぉ……」
 ベルを止めて、また布団にもぐりこんで寝直す。ハーレムはいぎたないのだ。
「あと五分……」
 この場合の五分というのは、普通の感覚の約一時間に相当する。
 全く、仕方ないんだから……でも、そんなところも好きなのさ。
「あーあ。語り手特権で言いたいこと言ってますよ、この人」
 高松。こんな時に発揮しないで、何の為の特権ですか。
「ほらほら。早くしないと、物語が流れて行っちゃいますよ」
 ああ、本当だ。
 セーラー服姿のサービスは朝食をしたため終え、靴を履く。
「行って来ます。お兄ちゃん」
「ああ、行ってらっしゃい」
 サービスは、機嫌良く家を出て行く。
「さーてと……後はあいつか……」
 ハーレムは春眠を貪っている。
 窓の外では小鳥が歌い、気持ちの良い日差しが部屋の中まで照らしてくれる。
 程良い暖かさに包まれてハーレムは眠っている――
「こらぁ! ハーレム! 起きなさい!」
 マジックがばさっと毛布を弟から剥ぎ取る。
「んだよ、兄貴……まだ六時じゃんかよ……」
「もう二時間は経ってるぞ」
「え……? 二時間って、え?!」
 遅刻だーーーーーっっ!!!!!の声が辺りに響き渡る。
 本当にお騒がせな少年である。
 急いで洋服に袖を通す。
 髪はとかさない。顔は水でバシャバシャやっただけで終了。
 冬になるともっと酷い。鼻の先に水をつけただけで済ましてしまう。こらーっ! そんなのは顔を洗うとは言わないんだぞーっ!
 以上、マジック兄さんの気持ちを語り手が代弁しました。
「なんで起こしてくんないだよ、兄貴ーっ!」
「甘えるんじゃありません。せっかく目覚まし買ってあげたでしょうが。サービスはちゃんと起きましたよ」
「ちぇっ。要領いいんだからあいつ」
 ハーレムが舌打ちをした。
「そんな問題でもないと思うけどね。はい。朝食は用意してあるから」
「俺、紅茶とパンだけでいいッ!」
 ハーレムが紅茶をごくごくと飲み干す。皇帝の紅茶も何もあったものではない。
 パンをかじりながら、家を飛び出す。昔のマンガみたいに。
 ――かくして、嵐は去った。
「全く。サービスとハーレム。双子なのにどうしてこう性格が正反対なんだろうね」
「でも、二人とも優等生も疲れると思いますよ。――はい、兄さん。お茶のお代わり」
「あ、ありがとう。――ルーザーはね、ハーレムの面倒を見ていないからそんなことが言えるんだよ」
「じゃあ、今度から僕が代わりますか?」
「いや、いい」
 マジックはお茶を一口啜った。
「ああ、美味しい」
「良かった」
「――まぁ、サービスも、もっと子供らしいわがままさとか、伸びやかさとか、あってもいいとは思うがねぇ……ほら、あの子、しっかりしてるだろ?」
「しっかりし過ぎという気もしますが」
「ああいう子はね、一度崩れると脆いものなんだよ。ハーレムみたいなのも問題だけどな」
「ハーレムとサービスを足して二で割れば、ちょうどいいんですよ」
 そう言ってルーザーはにこっと笑う。
「――ルーザー。それ、本気で言ってるのか?」
「ええ」
 ルーザーは涼しい顔でお茶を飲む。
(やりかねん、やりかねん。こいつならッ!)
 マジックはちょっとした恐慌に襲われた。たいていのものは怖くないマジックだが、このルーザーだけは、何をやらかすかわからないところが恐ろしい。
 尤も、それはミツヤも同様だったが、なんだか、質が違う。
(ミツヤよりも無邪気だからな……或る意味で)
 だから、余計質が悪い。
 ルーザーが動く前に、なんとかして――せめてハーレムだけでもちゃんと育て直そうと心に誓うマジックであった。
「どうしました? 兄さん」
「え? あ、何でもないんだ」
「変な兄さん」
 青の一族の邸に、平穏さが戻った。それは見かけだけかもしれなかったが。
 青の一族とは、青の秘石を守り、秘石眼という特殊な眼を持つ一族である。なお、この一族の者は全員眼魔砲という攻撃術が使える。
 眼魔砲とは何か。それは私にもよくはわからない。敵を吹っ飛ばせる便利な技とでも覚えておけばよろしい。
「アンタ、何ですか? そのイージーな説明は」
 だって、よくわからないんだもん。高松知ってる?
「秘石眼のことなどは詳しくはわかりませんがね。それはこの話に直接は関係ないからいいでしょう」
 おお、そうだった。語り手の心得、その二。知らない知識は適当に飛ばす飛ばす。
 さてと、ハーレムも無事学校に間に合ったようです。そうそう、ハーレムとサービスはこの時小学三年生です。

HS ~ある双子の物語~ 第二話
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