OVER THE TROUBLE ~組織壊滅編本編~ 32

 場面は変わって――
「ジョン・フォレスト! 探したぞ!」
 フランシスが声をかけた。
「おお、フランシスか」
 ジョン・フォレストが片手を上げた。
「……ジョーンズ?」
 フランシスは廊下で長々とのびているドラゴンに気がついた。
「ジョーンズ! おい! 大丈夫かよ!」
 フランシスがぺちぺちとジョーンズの頬を叩いた。
「ありがとう……僕は大丈夫だよ。それよりマシューが……」
「マシュー?」
 マシューは気絶したままだった。エリスに支えられて上半身起こされてはいたが。
「うーん。大したことはないんだけどねぇ……」
「大したこと……ないだと?」
 顎を撫でてのほほんとのたまったジョン・フォレストをフランシスは眼光鋭く睨みつけた。
「おっと、おっかないな。マシューが関わると人格変わるな。おまえさん」
「ほっとけ。マシュー、マシュー……」
 フランシスはほとんど泣かんばかりの声で、エリスに支えられたマシューの顔を覗き込んで呼ばわった。それでもマシューは起きない。
「確か、王子様のキスで王女様は目覚めるんだったよなー……昔話では」
「なっ! おめぇにマシューは渡さねぇよ!」
 エリスが言った。
「いいじゃない。エリザベータ。後でおまえさんも可愛がってあげるから」
「今の俺はエリスだ! それに、俺はおまえなんか好みじゃない!」
「ほう……そこにいるローデリヒ坊っちゃんやギルベルトお兄さんみたいなのが好みかい?」
「うっせぇよ! ボコられたいのか、フランシス」
 エリスはぽこぽこと怒った。
「取り敢えず、試してみようよ……」
「う……」
 エリスは言葉を噤んだ。フランシスは、意識のないマシューの体を渡してもらった。
 フランシスがマシューの唇に顔を近付ける。みんなは大人しく待った。マシューの長い睫毛が触れそうだ。もう少し、後少し……。
 そこで、マシューの瞼がぱっちりと開けられた。
「うわああああああっ!!」
 マシューが叫んだ。
「な、な、何してるんですかっ?! フランシスさん!」
「いやね。マシュー。おまえさんがあんまり起きないもんだから、王子様のキスで起こしてやろうかと」
「誰が王子様だよ。こんな奴、スケコマシでたくさんなんだ」
 エリスがぶつぶつ言った。
「エリス。俺は男でもイケるからスケコマシじゃないよ。いつもの君はレディなのに、今の君はどうしてそういう……」
「うるせぇ、フランシス! 今の俺は男なんだ!」
「男装の麗人ね。前に日本で見せてもらった宝塚か?」
「あ、いいですねぇ」
 うっかり口を滑らせた為、菊はエリスに呆れたような一瞥をもらったのだった。
「さてと。どうしてこういうことになったのか、説明してもらいたいもんだな。特にジョン・フォレスト。一体何があったんだい?」
「あり過ぎて説明に困るな……」
 ジョン・フォレストはぼりぼりと頭を掻いた。
「ジョーンズの話を聞きたいある」
 耀が言った。
「――とその前に……」
 フランシスが耀を制した。声がする。フランシスは喋るのをやめた。
「兄ちゃーん。フランシス兄ちゃーん」
「フランシスー」
「どこ行ったんやでー?」
 フェリシアーノやルートヴィヒ、アントーニョらの声が聴こえる。
「おーい、こっちだこっちだー」
「フランシス兄ちゃん!」
 フェリシアーノが姿を現す。続いてルートヴィヒやアントー二ョ、ロヴィーノ、フェリクス、トーリス、イヴァン達も。ここでアルフレッドとアーサーが来れば、全員集合となる。
「マシュー……一体これはどうしたことだ! フランシス!」
 フランシスに抱きかかえられたマシューを見て、ルートヴィヒはうろんそうな視線をくれた。
「マシューに目覚めのキスをしようとしたら、それ以前に目を覚まされちゃった」
 フランシスは平然と答えた。
「そうか……良かったな。キスされる前に目が覚めて」
「おいおい、ルートヴィヒ」
 この男も冗談を言うのかと、フランシスは些かおかしかった。
 まぁ、木石でできたルートヴィヒのことだ。本気だとしても不思議ではないけれど。
 ただ、ルートヴィヒはこの頃、フェリシアーノといい仲である。
(朴念仁のルートがねぇ……)
「僕、フランシス兄ちゃん見つけたよ」
「そうだな。よくやった」
 フェリシアーノをルートヴィヒが褒めている。そしてそっと頭を撫でる。噂はどうやら本当らしい。
「あのー。お二人さん。今はそんなことをやっている場合ではないのでは」
 菊が窘めようとする。
 ガンマ団の前でヘラクレスとラブ・シーンを繰り広げた菊に言われる筋合いではないだろう。
 だが、ルートヴィヒは、ぱっとフェリシアーノから離れる。菊が怖いのではない。ルートヴィヒが生まれながらに持っている羞恥心のせいだろう。
 フランシスにはさっぱりわからないが……。
「まぁ、今のシーンも美味しいといえば美味しいのですがね……」
 と、菊は、一部の人間にしかわからないような独り言を吐いて、ジョーンズに近づく。
「ジョーンズさん、ジョーンズさん」
 ジョーンズは眠たくなっていたらしい。大儀そうに瞼を開いた。
「マシューさんに何があったんですか?」
「マシュー……魔術師に連れていかれた……」
「それからどうやってあなたがマシューさんを取り戻したんですか?」
「そいつがいた異次元ごと燃やしました。もうあの魔術師はこの世の人ではないはずです」
「……割と乱暴な手を使いますね」
「乱暴はあっちです。ちょっと眠いから寝かせてください……」
 ジョーンズはそう言うと、瞼を閉じて眠ってしまった。鼾の音がする。
「マシューさん……」
「えっ?! 僕ですか?!」
「何かあったのなら聞かせてください」
 今度はマシューに矛先が回って来た。
「でも、僕は何も知りませんし……あっ、そういえば」
「何ですか?」
「こんな僕でも……ジョーンズを守ろうと思ったら――かまいたちが出てきたんですよ。僕の体の中から。それが――魔術師グレイにダメージを与えました」
「魔術師グレイだって?!」
 ジュダ・マイヤーは驚いた様子だった。
「それって、本当に魔術師グレイか?」
「ええ。自分でそう言ってましたから」
「続けて」と、菊が冷静に言った。
「それから……僕は何も……気絶してしまったし……」
「だが、魔術師にダメージを与えられるなんて、おまえ実はすごかったんだな……」
 ジュダ・マイヤーが意外そうに感服していた。

後書き
やっとやっとの壊滅編です。

2011.11.26
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