Sweet sorrow 9

「お、俺は忍足侑士や……」
 取り敢えず自己紹介。
「あ、もしかしてあの時の丸眼鏡の坊主か? 忘れててごめんな。そうだ。思い出した。丸眼鏡は相変わらずだなぁ。少し大人になったか? ん?」
 リョーガってこんなに喋るヤツやったんか……。
 忍足は呆れて目の前の男を見つめた。それとも、知り合いに会えて嬉しいのかもしれない。
「ところで、アメリカへは何しに? テニスかい?」
「いや、ちょっと人を探してて……越前リョーマや」
「奇遇だな、俺もあのチビ助を探していたところだ」

 二人はファーストフードの店に入った。
「ここは俺のおごりだからな。いっぱい食べるといい」
「ほな、遠慮なく」
 忍足はハンバーガーにかぶりつく。何やあまり旨くないなぁ。変に舌が肥えたんやろか。
「アンタ、マズそうに食うなぁ」
 リョーガが面白そうに笑う。リョーガって性格が南次郎に似てるんだよな――そう跡部が言っていたのを思い出す。
 越前南次郎か……昔は日本を代表する選手やったようやなぁ。リョーガもすごいヤツだったけど。
 それを言うならリョーマはもっとすごい。
 日本テニス界に貢献する為にもリョーマは是非とも探し当てたい。忍足はそう思った。勿論、跡部のこともある。
「リョーガさん、リョーマは見つかりました?」
 忍足が慣れない標準語で訊く。
「リョーガでいい。ついでにかしこまらなくていい。――いやぁ、チビ助もこの頃尻尾出さなくなってなぁ……」
「今のリョーマはチビではないと思うけどなぁ……」
「俺にとっては大人になろうがどうなろうが、チビ助に変わりはしないさ」
 忍足はふっと笑った。
「アンタ、ええヤツやなぁ」
「弟の尻を追っかけてるだけに過ぎんよ、俺は」
 リョーガはシェイクを口にする。ずずっと音を立てて飲む。
「ボストンはあらかた探したんだけどなぁ……あ、ダウンタウンの下町がまだだった」
「俺もついて行ってもええやろか」
「あ? アンタなら大歓迎だよ。つか、リョーマとどういう関係?」
「いや、俺はあんま直接関係なくて――どちらかというと跡部がなぁ……」
「あのボンボンがどうしたって?」
「いや、跡部が一生懸命リョーマを探してるもんやから――」
「アンタ、ケイゴの何なんだ?」
「――腹心の友や」
 リョーガがすっと目を細めた。
「まぁいいや。来い、ユーシ」
「あ、ほな……」
 やっぱせめて割り勘にしないと悪いやろな――そう思ってリョーガを呼び止める。リョーガは笑って、
「いやいや、ここはおごりって話だからな」
 と、リョーガは受け取ってくれなかった。だが忍足はせめてチップは置いておいた。

 ボストンのダウンタウンの下町は汚いところだった。客引きがいっぱいいる。忍足は下級娼婦ともいえる女に声をかけられびっくりしていた。
 リョーガは慣れた態度でスタスタ歩く。
「あっ、ちょお待ってや……」
「急げ。またリョーマに逃げられる」
「リョーマさん探してんの? お宅」
 年嵩の娼婦が傍に来て言った。
「リョーマさんだったらあの近くのアパルトマンに住んでるわよ。高級なの」
「サンキュー。お姉さん」
 リョーガはチップをその女に握らせた。
「チビ助も逃げてばっかで路銀を使うだろうから、どこから高級アパートなんぞに住む金が出てくるかわからんが取り敢えず行ってみよう」
 そっか。リョーマも逃亡生活で金使うんやな……金持ちのイメージがあったけど。どうやって暮らしとんのやろ。体……は売ってへんよな。
「おおきに。お姉さん」
「いえいえ。今度は遊びましょうね」
「いや、俺は……」
「それとも男の方が好み?」
「!!!!」
 忍足が仰天している間にリョーガがまた置いて行こうとした。忍足は懸命に追う。
「臭ぇ街だな」
 リョーガが眉を顰める。
「ここだな。高級アパート。あ、お兄さん、リョーマ知ってる?」
「リョーマ?」
「日本人や」
「日本人……あの部屋に、二人」
 下手な日本語である。しかも二人とは、どういうことだろうか。
「ユーシ、まだリョーマと決まったわけじゃない」
 そうだといいが……。忍足は何故かリョーマがここにいないことを祈った。しかし、ここにいるという確信もまた働いていた。
 リョーガがチャイムを押す。
「チビ助。リョーガだ。てめえの兄さんだ」
 扉が開いた。
「兄貴?! 忍足さん?!」
「どうした。リョーマ」
「跡部、隠れて」
「跡部?」
 リョーマはあちゃー、という顔をした。
「越前。どういうことや。事と次第ではただじゃすまへんで」
 そして、忍足は頭を掻いた。
「――というセリフ、一度使てみたかったんや」
 笑ったつもりだったがそれには怒りが潜んでいた。
「俺は……ここで幸せなんだから放っておいてくれないかな。もう……」
「リョーマを傷つけるヤツは俺が許さん!」
「え? アンタ跡部? でも跡部は日本にいるはず……」
「跡部を知ってるのか?」
「はい?」
 忍足の丸眼鏡の奥の目が点になった。
「しっかりしろ。ユーシ。こいつはニセもんだ。泣きぼくろがない」
 ――跡部が自分でチャームポイントだとかいう泣きぼくろがない……。確かに本当は最初から気付いてはいたが。
 跡部そっくりの男に跡部のことを訊かれた。これは意外にシュールなシチェーションやな、と忍足は思った。
「訊いてもええか。越前。お前、何から逃げとるん?」
 忍足の質問にリョーマが答えた。
「――べさんからです」
「は?」
「だから、跡部さんからです!」

『リョーマが見つかった?!』
 跡部のびっくりする様が目に浮かぶ。忍足はいつもならそれを見てニヤニヤするだけだが、今回は些か勝手が違う。
「あいつ、ボストンにいたわ。逃げ出そうとしたからリョーガが些か手荒な手段で捕まえた」
『でかした! 忍足!』
「それがな……あいつ、跡部そっくりの男とおったわ」

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2016.4.22

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