Sweet sorrow 7
「愛妻がうな茶作って待ってるって?」
思わず跡部もニヤニヤ。
「うむ……周助はあの乾汁を旨いと言っている男だから味が少々心配だが……」
「本人に直接言ってやればいいじゃねーの」
「そんな失礼なことできるか」
手塚はいい夫になるな、と跡部は思った。相手が男ということが少々何だが。
尤も、これについては跡部も人のことは言えない。リョーマで頭がいっぱいの彼である。しかし、跡部は仕事の有能な男として有名である。樺地のサポートのおかげだと思っている。
「機嫌良さそうだな、跡部」
「え? ああ……ボストンにリョーマがいるかと思うとつい顔が緩んでな」
「お前は地顔が怖いんだから笑顔の方がちょうどいい」
「ありがとう。さすが友だな」
「ふん……手間のかかる友人どもだ」
「おお、お前も俺のこと友達だと思ってくれてたのか、手塚ー!!」
跡部は手塚に抱き着いた。
「ちょっ、離せ……俺には周助が……」
「ん? そういえば今『友人ども』と言ったな」
跡部、聞いていないようで聞いている。
「ああ……お前と……リョーマだ」
跡部はリョーマと同類項にされたのが何故か嬉しくて、
「手塚ー!!」
と、抱き着いた腕に更に力を込めた。
「だから俺には周助がー!!」
手塚の悲鳴はヘリの音にかき消された。
「さーてと、どうしましょっかねー」
アメリカに一人残った忍足は今夜の宿を探さなければならない。金なら跡部から搾り取るからいいとして――。
「どうしたの? お兄さん」
「ん? 今夜どこで寝ようかと思って」
「なら、僕のところに泊まっていいですよ」
「そか。助かるな。ほな世話になるか」
別に忍足も英語でまで関西弁で話す訳ではない。ただ、彼らの話を訳すとこんな感じだ。
忍足はマイケルの家にお世話になることになった。
「おお。このシチュー旨いなぁ」
「あらあら、忍足さん、ありがとうございます。お代わりもありますが食べますか?」
マイケルの母が言った。
「おおきに」
「リョーマさんの友達なんでしょ? 忍足さんは」
「まぁな。腐れ縁ちゅうヤツや。でも、悪いヤツやおへんよ。ま、跡部のことがなければとっくに縁が切れとる間柄や」
「跡部さん……あのかっこいいお兄さんのことですね」
かっこいいか。跡部が聞いたら喜ぶやろな。
マイケルは綺麗なキングス・イングリッシュで話す。彼の母と言い、ここには場違いな人間だった。
まぁ、いろいろあるんやろうな……。
忍足はごくんと水を飲み干す。
「はー、食った食った。ぎょうさんごちになってしもたなぁ」
「寝室はこっちです」
「あいよ」
「それとお風呂も湧いてます」
「ありがとう」
「それから……リョーマさんのことなんですけど……」
「何や?」
「ある日ふらっと来て、『テニス教えてあげようか』って――僕、それまで下手で友達にもからかわれてたんですけど……」
何や。越前の話かいな。長くなりそうやな。
ま、付き合ってやるのも縁か。
「僕、リョーマさんがあの越前リョーマだなんて最初気付かなくて――」
「俺もこんなとこに越前がおったとは知らなかったよ」
「ツイストサーブを教えてくれたのもリョーマさんです」
「やろな。越前のプレイに迫っとった」
「ほんとですか?!」
少年は目をきらきらさせる。
何しとんのやろなぁ、俺。忍足は感慨にふけった。早く大阪帰ってタコ焼き食いたいわぁ。
(あかんなぁ。もうホームシックか……)
でも、跡部の為に越前を探さねばならない。
跡部も辛い恋しとんのや。独りモンの俺が文句言ったら罰が当たるわ。
――いや、恋人の一人もいないということが既に罰かもしれないけれど。
「なぁ、マイケル。リョーマと最後に会うたんはいつや?」
「あ、それは覚えてます。二ヶ月前です」
二ヶ月か……。
二ヶ月は短いようで長い。忍足はこの仕事に手をつけたことを少し後悔した。
「その時『ボストンへ帰る』言うたんやな?」
「はい」
「わかった。ボストンに越前がおらなんだら、この仕事から手を引かせてもらうで、俺」
勿論、本気ではない。砂漠の中で一粒の砂を探すような仕事ではあるが。でも、跡部が諦めないうちは忍足も諦めない。
(跡部め……ギャラはぎょうさんもろてやるからな)
「あの……跡部さんはリョーマさんの恋人なんですよね?」
「うん。そうやよ」
それも、大切な、大切な……。跡部の一途さが忍足には何だか恐ろしい。
(越前はあいつから逃げたんとちゃうやろか)
それは何となくありそうな気がした。跡部の愛は、重い。
このまま放っておいた方が越前のためやないやろか。
でも、跡部も大切な友達で――。
どちらが大事かと訊かれたら忍足は(跡部や)と苦く笑って答えるだろう。
「荷物そこに置いてください」
「おおきに」
その時携帯が鳴った。
ここガラケーでも圏内やったんやなぁ……。ま、ボロいことはボロいがでかい街やからな。
「誰や。――何やがっくんからやないか」
メールには一言。
『侑士。クソクソ跡部やリョーマなんかほっといて帰って来い』
がっくん……心配してくれてんのやなぁ。そういうヤツや。
自分の為に心配してくれている人がいる。
(それだけでも生まれた価値があるっちゅうもんや)
でも、今はダメだ。帰ることはできない。
あの跡部をこのまま放っておいておく訳にはいかない。越前を探すのをやめるわけにはいかない。
あの二人は幸せにならなければいけないんや。
俺も充分思い込み激しなぁ。跡部のこと言えへんやん。
――忍足は向日岳人に返信をした。
『悪い。がっくん。今帰る訳にはいかんねん』
また、岳人から。
『侑士ならそう言うと思ってたぜ。――無事で帰って来いよ。侑士』
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2016.4.16
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