Sweet sorrow 6

「せっかくだからちょっと見てくか」
 懐かしさに引き寄せられ跡部は言った。
「仕事はええんか? 跡部」
「今回のは終らせてきた。なんせ俺様と樺地は有能だからな」
 跡部がさらっと金茶髪の頭を掻き上げた。
「――樺地も大変やな」
「あーん? そりゃどういう意味だ」
「言葉通りの意味や」
 手塚は跡部と忍足の言い争いには参戦しないでじっとプレイを見ている。
「あーん? 何熱心に見てんだ? 手塚」
 弱者のたまり場。中学時代はストリートテニスをそんな風に評していた跡部だったが。今ではその頃の不見識が恥ずかしい。
(まぁ、俺様も大人になったからな)
 ここもストリートテニスのコートらしかった。日本で見た小奇麗なテニスコートとは違い、壁にはいろいろな落書きがしてある。それがいかにもアメリカという感じがした。
 一人際立って上手い少年がいる。白金色の髪の少年だ。
 というより――。
(これはリョーマのツイストサーブ!)
 跡部は息を飲んだ。

「やあ、マイケルには敵わないな」
「いや、いい試合だったよ」
「今度はダブルスやろうぜ」
「望むところだ」
 日本語に訳すとこんなところか。勿論彼らは英語で喋っている。跡部が言った。
「よぉ、少年」
「あ、お兄さん誰?」
「ケイゴだ。ケイゴ・アトベ」
「何か聞いたことあるな。あ、リョーマさんの恋人だ」
「リョーマ! リョーマを知ってるのか?」
「というか越前のヤツ、跡部のこと自分の恋人と言いふらしとんのか? 痛いなぁ」
「黙れ忍足」
「いや、僕がリョーマさんにアトベさんのこと聞いたんですよ。話のついでに出て来たんで。確かに恋人、と言ってました」
 そうか、俺はまだリョーマの中では恋人でいるんだ……。跡部は心が暖かくなるのを感じた。
「僕、リョーマさんの恋応援してます!」
「そのツイストサーブは越前から習ったのか?」
 手塚の問いにマイケルは、
「はい!」
 と、答えた。
「でも、越前はここにはいないんだろ?」
「はい。ボストンに帰るって言ってました」
 ボストンか……。
「越前の連絡先はわかるか?」
「いえ……聞かれたくなさそうだったので聞きませんでした」
 思慮深さが美徳とも限らんな……。しかし、そう言ったら目の前の少年が傷つきそうなので跡部は黙っていた。

「俺はボストンに向かうけど跡部と手塚はどないする?」
 忍足が訊く。
「一旦帰る。明日からまた仕事だ」
 だが、リョーマとは細い糸で繋がっていることがわかった。蜘蛛の糸のように細い細い糸だが。それに――この俺を恋人だと言ってくれた。それだけで充分だ。
「何や。跡部。ニヤついて。キモイで」
「黙れと言ってるだろう」
 跡部は忍足にプロレス技をお見舞いしてやった。
「痛い痛い。やめてんか跡部!」
「これでも手加減してるんだぜ」
「手塚! 見てないで助けて~!」
 手塚は忍足に救いの手を差し伸べたりせず傍観していた。友達同士のじゃれ合いであることを知っているからだ。
「跡部。俺も日本に帰りたい。周助が待ってる」
 忍足をスルーし手塚が言う。
「おう」
「ちょお、ちょお、ギブギブ!」
 跡部はようやく忍足を離した。忍足はふー、と溜息を吐いた。
「はぁ~。かなんなぁ。跡部みたいな体力魔人の相手していた日にゃこっちの命が危ないで」
「黙れ眼鏡」
「あー、眼鏡を差別したやろ! 眼鏡は正義やで! なぁ、手塚」
 手塚も頷いた。手塚も昔から眼鏡男子なのだ。
「それとも、乾にチクって乾汁作ってもらおか?」
 忍足の丸眼鏡が光った。
 跡部が会った時から乾も眼鏡をかけていた。乾汁という怪しい飲み物を研究している。
「……俺様が悪かった」
「乾汁な……」
 手塚がどことなく遠い目をしているように見えた。
「ま、とにかく頼む忍足」
「了解、頼まれましたで」
 手塚が笑ったような気がした。
「ん? どうした手塚」
「いや。仲いいなと思ってな」
「俺様達は友達だからな」
「こんな友達いらん。でも、もっと深い仲だったら考えてやってもええで」
「お前ツンデレか?」
「跡部も大概や思うけどな」
「手塚――今回は巻き込んで悪かったな」
「いや……俺も安心した。越前が生きているとわかってな」
「お前、リョーマが死んだと思っていたのか?」
「――正直最悪の状況も覚悟していた」
「あいつがそう簡単にくたばるタマかよ」
 南次郎と同じようなことを跡部も言った。手塚が、
「まぁ、あいつの悪運の強さをもっと信じるべきだったな」
 と、腕を組みながら話した。昔は眉目秀麗だが老けてる、と言われた手塚だったが成人してやっと年相応になったようだ。外見自体はそんなに変わっていないが。

「ちょっと電話を――ああ、周助?」
 手塚の電話の相手は不二らしい。
「もうすぐ帰る。うな茶作って待ってるって? それはいい。是非馳走になろう」
 それを聞いて忍足と跡部は密かに笑い合った。手塚は堅物だが不二にはもう手を出したのだろうか。それとも逆? 興味は尽きない。
 そして――跡部は少し妬ましく思った。手塚には不二という港がある。今の跡部はリョーマに会うことさえままならない。
「どや。不二子ちゃんとは?」
 忍足が心安立てに訊く。
「――そうだな……そう悪くはないが」
「そか、良かったな。跡部、必ず越前見つけて連れてくるさかい」
「頼んだぞ。――でも、リョーマが見つかったらいの一番にあいつのところに飛んでいきたい」
「はいはい。皆ラブラブで独りモンには刺激が強いで」
 忍足はひらひらと手を振って見せた。

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2016.4.14

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