Sweet sorrow 5
電話が鳴った。跡部が出た。
「はい。跡部です」
――ちょっと余所行きの声で。
『跡部』
「おう、手塚。お前から電話なんて珍しいじゃねーの。あーん?」
跡部がたちまち相好を崩す。手塚も跡部のライバルとか言われていたが、跡部はこの男が嫌いではない。
『会えないか? 越前のことで話がある』
「リョーマの?!」
跡部は思わず声が裏返った。
『そうだ』
手塚は冷静に返した。
「手塚、俺様には仕事があるが、リョーマのこととなると話は別だな」
『お前も忙しい身だろうけれど……悪い』
手塚は普段は気遣いし過ぎるするほど気を遣うヤツなのだが、今電話を寄越してきたということは、余程リョーマのことで大事な話があるのだろう。
「もしかして……リョーマが見つかったのか?」
跡部は自分の喉がからからになるのがわかる。
『……未確認情報だが、シカゴで越前に似た青年を見た、と』
「本当か?!」
跡部は大声を出す。手塚はちょっと黙って言った。
『なぁ、跡部。越前のことはそっとしておいてやってもいいんじゃないか?』
「どうして。俺様の勝手でやってることだぜ。お前であっても口出しはさせねぇよ」
『――そうだな。そんなお前だからこそ信じられる。実はさっきのは忍足から聞いた情報だ。俺は青学テニス部のキャプテンでもあったからな』
忍足め……。
俺より手塚に先に教えるとは――。まぁ、忍足をシメるのは後にしよう。
『忍足は、跡部にも連絡を取りたかったが電話がなかなか繋がらないと言ってたな』
――きっと自分が仕事に忙殺されていた時だな。
リョーマに会いたい。会いたい。
けれど、仕事を放っていくこともできなかった。もっと若かったら仕事など捨ててリョーマの元に駆け付けるのだけど。
(貴族の義務と言うのも、辛いものだな)
でも、やっとリョーマに辿り着いたような気がした。
『ああ、そうだ。越前のことについては越前の父親にも伝えておいた』
手塚が言った。
「未確認情報なんだろ? もし間違いだったらどうするつもりなんだよ、あーん?」
『子供の動向を知りたいのは親として当然だろう。――だが、お前の言う通り確かに軽率だったかもしれんな。すまん』
「謝るなら南次郎に謝れよ。――そういえば、以前南次郎に電話で話したことがある。元気そうだったな。空元気でないといいけど」
『子供のことを心配しない親など、いない』
「後少しで案件が片付きそうなんだ。そしたらシカゴに飛んで行ってやる。その時はお前も一緒に来い」
『――わかった』
「必ず迎えに行ってやるからな。不二にも言っておけ」
『ああ』
「じゃあな。元気でいろよ」
跡部は電話を切った。
「忍足ーーーーーっ!!」
『何や。跡部やないの。耳元でそうわめくなて』
跡部は今度は忍足に電話をかけていたのだ。
「お前、俺より先に手塚にリョーマの居場所を教えたそうじゃねぇか。あーん?」
『あ、手塚のヤツ喋ったんか。別段口止めした訳でもないけどな』
「会ったら覚悟しとけよ。あーん?」
『――あれは未確認情報やったからな。あっちの友人に教えてもろたんや。跡部にも一応電話かけたんやで。メールも送ったし。でも、仕事中やったようやからな』
「ま、まぁそれは……」
跡部は言葉に詰まった。
「仕事の方も一段落したら、手塚を連れてシカゴへ飛ぶ」
『飛ぶって……だから未確認情報で……だから俺がまず出向いて行って――』
「機動力なら俺様だって負けない。忍足。お前も来い」
『かなんなぁ』
そう言いながらもどこか嬉しそうな忍足の声であった。お前、今どこにいる、という跡部の質問に忍足は場所を知らせた。
「何だ。結構近くにいるんだな。なぁ、忍足――」
『ん?』
「俺様の為に私立探偵になったのか?」
『何でそんなこと訊くん?』
「いや……」
跡部は口元を手で押さえた。
――こいつのことだからのらりくらりとかわして真相は言わないに違いない。
だが、案に相違して、
『――そうや』
と、返事が返ってきた。
「――すまねぇな」
『なぁに。もっと頼ってもええんやで。景ちゃん』
「景ちゃんはやめろ」
『冗談やて。――何なら、越前のことも俺らに任せて……』
「それは、できない。俺はリョーマのことに関しては譲らん」
何故なら、リョーマが好きだから。会えなくなってからしばらく経つが、それでも好きという気持ちは萎まなかったから。
この空の下にリョーマがいると思うから頑張れる。
正式に将来を約束した仲ではないがリョーマのことは忘れられない。
『そう言うと思とったわ。少し越前のヤツが羨ましいねん』
「は?」
『――今のは忘れてや』
忍足も跡部に細やかな愛情を注いでいる。そんな男の気持ちにあぐらをかいていていいのだろうか。跡部は思った。
「――ありがとな。忍足」
『何や。素直な跡部なんて気色悪いな』
「忍足~」
『ウソウソ。こっちこそおおきに』
越前、見つかるといいな、その言葉を残して電話は切れた。
「樺地」
跡部は傍の大男に声をかけた。
「書類持って来い。それから仕事を今日中に終わらせる。――手伝ってくれるか?」
「――ウス」
跡部家のヘリがアメリカの上空を飛ぶ。
その中には手塚と忍足の姿もあった。
「なぁ、跡部。何もこんな朝早くに出かけなくてもええんとちゃう。俺眠いわ。どっかホテルで横になりたいわぁ」
「うっせぇ。俺も寝てねぇんだ」
残った作業は樺地が捌いてくれるだろう。跡部は樺地に留守を任せた。樺地の有能さは自分がよくわかっている。
「なぁ、手塚……」
跡部の隣の手塚は腕を組んで目を瞑ったまますー……と寝息を立てながら眠っている。
「手塚って案外マイペースやんなぁ……」
忍足が呆れている。
シカゴの地図を広げ忍足が、「この辺みたいなんや」と教えてくれた。
――結論から言うとリョーマは見つからなかった。――無駄足だったか、と思って帰ろうとした時、テニスコートを見かけた。
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2016.4.12
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