Sweet sorrow 3

「――樺地、起きとるか?」
「ウス」
 忍足の言葉に樺地が答えた。
「跡部、ピッチ早かったな」
「ウス」
「それに、エライはしゃぎまくってたで。いくら何でもテンション高過ぎやろ、思たな」
「…………」
「ま、あいつのお祭り好きは今に始まったことやないがな。懐かしいメンツと会うて嬉しかったのも事実やろし」
「…………」
「なぁ、樺地。俺が私立探偵になったの何でかわかるか?」
「――いえ」
「探偵になれば、越前の動向、わかるかもしれへんねんて親説得してなったんや。アホやろ?」
「――自分は、そうは思いません」
「お前は、何で跡部について行くん?」
「跡部さんの隣が、オレの居場所だからです」
「お前は跡部が『来い』と言ったからあいつと一緒に行ったのか?」
「ウス」
「相変わらずやな。お前。跡部の言うことだったら何でもきくん?」
「ウス」
「――さっきも踊っとったしな。あいつが『死ね』言うたらお前死ぬん?」
「――跡部さんは、そんなこと言いません」
「例えの話や」
「……自分は犬死にしたくはありません」
「まぁ、そうやろな」
「けど……自分が死ぬのが跡部さんの為になるのだとしたら――」
 その言葉の続きは忍足にもわかるような気がした。何故なら、自分も同類だから。
(跡部の周りにはそういうヤツら、多いやんなぁ)
 跡部の為なら命を賭けてもいいと奴らが。でも、跡部は越前しか見ていない。いなくなった越前のことしか頭にない。
 罪作りなやっちゃな。――跡部。
 その磁力で樺地の運命も忍足の人生も変えてしまった。きっと、元氷帝のレギュラー陣も。
「んん~」
 ジローが天下泰平に眠っている。こいつだけは跡部を越えた大物かもしれない、と忍足は考える。
「変なこと言って悪かったな。樺地」
 取り敢えず、謝る。
「変なことでは――ありません。大事なことです」
「そか。お前はそう思てくれとるか」
「ウス」
「……俺ら、何で跡部好きなんやろな。越前リョーマのことしか頭にない人でなしなのに……」
「いえ。跡部さんは、俺達のこともちゃんと考えてくれています。――だから、辛いんだと思います」
「……今日はぎょうさん喋るな。樺地」
「ウス」
「オレな、跡部にリョーマ推ししたこと後悔してんねん。あいつがどっか消えるとわかっとったら、無理矢理にでも引き裂いてたわ」
「でも、それでも、跡部さんは、越前さんを思い続けると思います」
 樺地の言う通りだろう。だからこそ、忍足はそんな跡部を好きになったのだ。
「難儀な恋やな。早けりゃ所帯持つヤツだっている頃やろうに、俺達、こんな年になってもまだ跡部に関わり続けとる」
「――ウス」
「越前はっ倒したいくらいや。跡部ほっといて何やっとんのやて」
「…………」
「越前だって跡部が好きや。――ほんま、どこにおるんや」
「越前さんも大人です。自由は認めなければ、ならないと思います」
「お前、どっちの味方やねん。まぁ、言いたいことはわかるけどな」
「自分は、跡部さんの味方です」
「マジに答えんなて――樺地のそういうところ嫌いじゃないねんけどなぁ」
「……ウス」
「明日から仕事や。早く寝よう」
「ウス」
 忍足は明日からまた越前リョーマを探す旅に出る。きっとそうなる。忍足は足で稼いでいる。築いた人脈はかなりのものだ。
 跡部と会うのは久しぶりだった。雰囲気が変わっていた。未亡人の色気ともいうべきか。――そんな目で跡部を見ている自分が忍足は嫌になった。
(リョーマ。早う帰ってこんと、跡部のこと盗ってまうで)
 樺地という強力なライバルもいるが、樺地はもっと大きな愛で跡部を見守っている。忍足は自分には真似できないと思う。
 跡部は樺地にとっては手のかかる弟――いや、子供か。
 忍足は自分の真の表情を隠してくれる伊達眼鏡を取った。跡部には「眼鏡外せ」と言われているがこればかりは譲らない。
 今、この眼鏡は自分の悲しみを押し隠す為にある。この眼鏡は相棒や、と忍足は思った。

「――朝だぜ。起きろ。忍足」
「あ?」
「あ?じゃねぇ。こんな量の酒で潰れるお前じゃねぇだろ」
「せやったかな」
 忍足はからっとぼけた。確かに自分はうわばみであるという自覚はあるが。
「朝飯来たからついでに食っとけ」
「おおきに」
 朝食をしたためた後、忍足は仕事に行ってしまった。

「ったく、あの野郎人の気も知らねぇで」
 あの時、跡部は実は途中から起きていたのである。
 恋だの言ってたが――俺はお前をそういう目で見たことはねぇんだよ。忍足。
 けれど一旦耳にすると離れなくなる。
 まさか忍足が自分を好きだったとは――樺地に好意を持たれていたことは知ってたが。
 でも、その心に応える訳にはいかない。忍足もわかっていると思う。
 リョーマ、俺様は待ってる。これでも気の長い方なんだ。
「どうしました? 跡部さん」
 樺地が訊く。それに対して、こう答えてやる。
「何でもねぇよ。お前だって返事に困ることぐらいあるだろ。樺地。あ、いつもか」
(跡部が死ね言うたらお前も死ぬん?)
 跡部の脳裏に甦った忍足の言葉。続いて答える樺地の言葉。
「あー! もう! いくら何でも俺様がそんなこと命じる筈ねぇじゃねぇか!」
 樺地が跡部の大声にびっくりする。樺地崇弘――傍らのこの男は俺様の為になるのなら命もかけると言っていた。聴こえはしなかったが多分そう言おうとしていた筈だ。
「あ、すまんな。樺地」
 思えば樺地とも長い付き合いだ。キングスプライマリースクールの頃から樺地は跡部の後をついてきていた。
(おうさまにはけらいがひつようだからな。かばじ、こい)
(樺地――オレと一緒に来るか)
 確かにそんなことを言ったような気がする。そして樺地は文句ひとつ言わずついてきた。女だったら女房にしてやるところを。
 けれど嫌だろうな。男――越前リョーマのことばかり気にかけて恋して追いかけている夫なんて。
「なぁ、樺地。もうすぐお前の誕生日だな」
「――もう夏です」
「すまん。いつだったっけ。お前の誕生日」
「一月三日です」
「誕生会に誰も来ねえだろ、そんな日」
「ウス」
 樺地、お前は誕生日からして地味だな――跡部は苦笑した。

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2016.4.6

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