Sweet sorrow 2

「来たで。あの男が」
 空港――。忍足侑士はロビーで呟いた。
「あの便やな」
 忍足が眼鏡の奥の目に懐かしさをいっぱい湛えて言った。
「お帰り、跡部」

「跡部ー!」
 忍足は跡部に駆け寄った。
「会いたかったでー!」
「ええい、引っ付くな」
「樺地も一緒だったんか」
「ウス」
「人の話はちゃんと聞け」
「跡部こそいつも人の話聞かんくせに――まぁ、でも元気そうでよかったわ」
「俺が病気になったら泣く雌猫が世界中に山程いるからな」
「うんうん。それでこそ跡部や」
「――なんか引っかかるもんを感じたんだが、気のせいか?」
「気のせい気のせい。樺地も元気やったか?」
「ウス」
「氷帝のレギュラー陣、既に集まっとるで。ジローや宍戸やがっくんもおるで。宍戸と言えばな――あいつ、まだチョタと続いとるらしいで」
「あいつらも長いよな」
「お前らも長いで」
「リョーマのことか?」
 そう言ってから、今のは失言だったことを跡部は悟ったらしい。
「何言うとんねん。お前と樺地のことや」
 跡部は大学を卒業した樺地に、
『俺と一緒に来るか』
 と、告げた。仲間内では有名な話である。
「それ、マジプロポーズやん」
 と、そのエピソードを聞いた忍足はゲラゲラ笑っていた。
 でも、跡部と出会ってから樺地の運命は決まっていた。樺地は跡部について行くつもりなのであろう。一生。
 だが、跡部は別の男を愛していて――。
(かなんなぁ、自分ら)
 忍足は己と跡部が一緒になれないならせめて樺地と幸せになって欲しいと思っている。けれど、跡部を幸福に出来るのは世界でただ一人――越前リョーマ。
 しかも、その越前は行方不明と来てる。
(リョーマ、何しとるん? 今)
 忍足は苛立ちを潜めてそう思う。
「アーン? 何怖い顔してんだ。忍足」
「ああ、いや。何でもあらへん」
 跡部のことを案じていたとは言えない忍足であった。
「あとべ~!」
 跡部の姿を認めたらしいジローが抱き着いた。
「会いたかったC~」
「よぉ、ジロー。お前、背伸びたんじゃないか?」
「あ、わかる~?」
 ジローがにぱっと笑う。
「跡部~。何でジローは良くて俺はあかんねん」
「お前、何か変なことしそうだからな」
「樺地~。跡部が酷いねん。俺のこと変態扱いして」
「ウス」
「それは跡部に同意したんか? 俺を慰めとんのか?」
「…………」
「黙ってちゃわからんやろ。樺地~」
「ウス」
「さてと、夫婦漫才やってるヤツらはほっといて……ジロー、案内しろ」
「わかったC~」
「ちょっと待て。誰が夫婦やねん」
 忍足が跡部とジローの後を追った。
 忍足にはわかっていた。跡部の口元に微かな笑みが浮かんでいたことを。
(この眼鏡は伊達ではあらへん。――まぁ、これもほんまは伊達眼鏡やねんけどな)
 今日は元氷帝中等部レギュラー陣で騒ごうと忍足が提案したのだ。跡部は忙しい時間を縫ってかつての仲間達に会いに来たのだ。
(跡部もわざわざ来てくれたし、ま、それを思ったら文句はあらへん――かもな)
 忍足も片頬笑みをした。

 跡部は既に出来上がっていた。ジローはもう夢の中である。
「何だ。向日。まだその髪型なのか?」
 跡部は向日岳人の頭を撫でる。
「ほっとけよ。クソクソ跡部!」
「がっくんにはその髪型が似合うとるやん」
「変なヤツに口説かれんなよ~」
「アホ、誰が変なヤツや」
「誰もお前のことだなんて言ってねぇじゃねぇか。――まぁ、含まれてはいるかもしれねぇけどな」
「相変わらず口の悪いやっちゃな。跡部は。樺地、お前も苦労するやろ」
「いえ――」
「何だ。そこは『ウス』というところかと思ったら」
「るせぇよ、鳳」
「忍足さん……」
「よしよし、気にすんなや、チョタ」
「というか、俺を頼れよな。長太郎」
「うわ~ん。宍戸さ~ん」
「あかん、宍戸にチョタ取られてもうたわ」
 それを他所に隅っこで酒を酌み交わしている男が二人。
「誰もこっち来ないね。日吉」
「そうですね。滝さん」
「まぁ、俺達は控えめに地味に飲んでいるのがお似合いということか」
「お前と一緒にするな。俺の下剋上はまだ終わっていない」
「そうですか――」
 滝萩之介はノリにノッて歌まで歌っている跡部を見遣る。
「跡部さんが相手じゃ日吉さんの下剋上も一生かかるんじゃない?」
「うぐっ!」
 滝の指摘に日吉若は変な声を出して黙る。
「まぁ、俺は日吉を応援するけどね」
「滝さん……」
「だって、俺が応援しなかったら日吉には味方はいないだろ?」
「――滝さん、一言多いですね」
 滝はそんな日吉を見てくすくす笑った。
「よぉーし、踊れ樺地!」
「ウス」
 跡部の命を受け、樺地が踊る。樺地の踊りを見て忍足も「ほんまに踊っとるやんけ」と愉快そうに笑った。
 ――夜明けの前の午前四時。樺地と忍足を除く全員が潰れていた。跡部も日頃の疲れからかぐっすりと眠っていた。――尤も、跡部には別の心労もあったかもしれないが。

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2016.4.4

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