リョーマの戦い 6

 リョーマが回想に浸りながら走っていると――。
「ぼーっとしてんな。こら」
 と、頭を軽くはたかれた。荒井だった。
「荒井先輩……」
「――あまり思いつめんなよ」
 荒井が小声でそう言うのが聴こえた。偉そうにしている先輩だけど、根っから悪い人ではないのだ。
「ウィース」
 と、リョーマが答えた。
 ――体に痛みが走った。
「――っ!」
「無理すんな」
 海堂が並んで走ってくれている。彼もまた、心配してくれているのだ。
「あざーす」
 全く、ツンデレな先輩ばっか。
 リョーマは自分もツンデレと呼ばれているが。しかし、確かに自分もまた愛情表現は下手くそに違いない。リョーマの口角は上がっていた。
 テニス部があって良かった。ここでなら自分を受け入れてくれる。
 だが、体の節々が痛むのはどうにかならないものか。堀尾が来た。
「越前、俺、越前にやる気もらったよ」
「…………」
「だから――ありがとな」
「それはこっちの台詞」
 リョーマがそう言うのを聞くと堀尾はニカッと笑った。
 堀尾の怪我は治りつつある。あの日以来、クラスメートは堀尾にはそんなに暴力は加えない。殴る蹴るは主にリョーマに対してである。堀尾も頑張って庇ってはくれているが。

「――おい」
 リョーマが初めて暴力を加えられた次の日の昼休み、クラスのリーダー格の少年は言った。
「堀尾はうるせぇから足止めしとけ。越前、体育倉庫に来るんだ」
「嫌だ!」
「――なら、堀尾のあばらの一本でも折るか?」
「……汚ぇヤツ」
「てめぇが田代にやったことの方がひでぇじゃねぇか。女殴りやがって」
「離せよ、畜生、越前、えちぜーん!」
 堀尾の叫びも虚しく、リョーマは体育倉庫に連れて行かれた。
「リョーマ様!」
 体育倉庫に朋香と桜乃が駆けつけた。クラスで誰か二人を呼んだ者がいたらしい。クラスにもまだリョーマの敵中の味方がいたという訳だ。
「ちっ、ずらかるぞ」
 リョーマに怪我をさせた張本人達は逃げるように去った。
「リョーマ様、大丈夫?」
 朋香がクラスメートに放っておかれたリョーマを助け起こした。
「酷い……」
 桜乃が呟いた。
「あいつら、ギッタンギッタンにしてやる!」
 朋香が拳を作って言う。
「やめてくれ。女の力じゃ敵わないよ」
 リョーマが静かに言った
「でも、こんなの、あまりにも理不尽だわよ。殴り込みに行こ、桜乃」
「う……うん……」
「よしてよ……気持ちは嬉しいけどさ」
「私達は何があってもリョーマ様の味方だからね!」
「ありがと、小坂田、竜崎」
 当時の記憶はそこで途切れている。リョーマの意識が飛んでしまったからだ。体の傷よりも心の傷の方が酷かった。

 その数日後である現在――。リョーマは堀尾やカチローと混じってボール拾いをしていた。
 手塚に頼み込んで練習に加わったが、体のことが気になるのでかなり早めに切り上げた。球拾いでも少しでもテニスに関われることが嬉しい。リョーマはせっせとボールを拾う。
「リョーマ君、あのさ、大丈夫?」
 カチローがそっと訊く。
「うん。大丈夫」
 皆がいるから頑張れる。リョーマは時間は前より少なくなったものの、いつもの場所で壁打ちもしている。――時々体が痛むけど。
「なら、良かった。堀尾君は?」
「元気元気。元気印の堀尾様だぜ」
 カチローとカツオはぷっと吹き出した。
「リョーマ君も堀尾君も相変わらずだね」
「おう」
「リョーマ君、堀尾君、今日一緒に帰ろ」
「わかった。カチローにはいつも世話になってんなぁ。越前、お前どうする? 俺達と一緒に帰る?」
「……うん」
 リョーマは堀尾の誘いに乗ることにした。桃先輩には「今日はカチロー達と帰るから」と言っておこう。久しぶりに一年同士話もしたいし。
「リョーマ様~」
 リョーマがやられているのを見つけたその日から小坂田朋香と竜崎桜乃は頻々とリョーマのところへ来るようになった。
「リョーマ君……あの、私に力があれば……」
 力があればどうだと言うのだろう。けれど、リョーマはこの竜崎桜乃という少女が嫌いではなかった。
「無理して来なくていいよ」
 有り難いけど疲れるんだ。
「でも、私達が勝手にやってることだし……」
「そうよ。リョーマ様には迷惑でも、私達心配だし?」
 リョーマはこうなって初めて仲間の存在が大きいことがわかった。テニス部はリョーマの仲間だ。あの荒井でさえ。
「ありがとう、小坂田」
「え? あ、その……お礼言われたくてしたんじゃなくて……」
「竜崎もありがとう」
「ううん。こっちこそありがとう。私、テニス始めたの――リョーマ君がきっかけだったから」
「――嬉しいな。じゃあ今度またコーチしてやるよ」
「ほんと?!」
 桜乃の顔がぱっと明るくなった。
「桜乃」
「おばあちゃん!」
 男子テニス部顧問、竜崎スミレである。桜乃の祖母だが、性格は正反対と言っていい程違う。桜乃は引っ込み思案だがスミレは、はっきり物事を言う。
「リョーマ、職員室おいで」
「え、でも……」
 リョーマはカチロー達の方を見る。堀尾が言った。
「俺達、待ってるから」
「堀尾もおいで」
 まさか自分まで呼び出しを食らうとは思っていなかった堀尾は「え?」と訊き返した。
「手塚、リョーマと堀尾、連れて行くよ」
「――わかりました」
 リョーマはスタスタと、堀尾は戸惑いながら竜崎スミレの後について行った。

「アンタら――虐められているそうだね」
 職員室に来ると中学の先生とは思えないくらい大きなピアスをしたスミレが早速本題に入った。険しい顔をしている。
「は……はい。特に越前のダメージが酷いんス」
 堀尾が慌てて口を開いた。

次へ→

2016.6.15

BACK/HOME