リョーマの戦い 5

「ど、どうしたの?! リョーマ君! 堀尾君!」
 カツオと一緒にいたカチローが叫ぶ。
「別に……」
「大したことじゃないからあんまり心配すんなよ」
「うん……」
 カチローはリョーマと堀尾の台詞に頷いた。カツオも眉を八の字にしてリョーマ達を見比べている。
「あ、あの、リョーマ君……堀尾君と喧嘩でもしたの?」
 カチローは一旦頷きはしたものの、再び訊いてきた。
「だから……大丈夫なんだよ。喧嘩した訳じゃないから」
「そう。良かったぁ。でも、何でそんな顔に?」
「カチロー、あんまり詮索しないでくれる?」
 今度はカチローは黙ってしまった。
「おチビ~。……って、その顔どうしたの?」
 いきなり後ろからタックルしてきた菊丸にリョーマは、
「何でもないッスよ」
 と素っ気なく答えた。リョーマが無愛想なのはいつものこと。菊丸はめげなかった。
「だってー、おチビも堀尾も痛々しそうなんだもん」
 ノブ子の流した噂。テニス部にも届いているのではないかとリョーマは思っていたのだが。ノブ子もテニス部のマネージャーだし。皆、噂については知っていると考えた方が妥当だろう。
 菊丸の後に不二がやって来た。菊丸と不二。この二人は同じクラスなのだ。
「英二、どうしたの?」
「不二~。おチビと堀尾が怪我してるの。ケンカでもしたのかな~と思ったけどそれにしては険悪ムードないし……」
 菊丸は流石に空気を読むのに長けている。
「菊丸先輩……俺と堀尾は喧嘩した訳ではありません。それ以上は言うことできません」
「でも~」
「時期が来たら話しますから」
「あの噂のせい?」
 菊丸の言葉にリョーマがびくっと肩を震わせた。
「近頃さ~、おチビのことで妙な噂が立っているんだよね。ノブ子ちゃん襲ったとか殴ったり蹴ったりしたとか……」
 やはり、皆わかっていたのだ。リョーマがぐるりを見渡してノブ子の姿を探した。良かった。まだ来ていない。
「俺はその現場見てないから何とも言えないんだけどさ~、おチビってそんなヤツじゃないだろ?」
 堀尾が、「話してもいい?」というような顔をしてこっちを見ている。リョーマが仕方なさそうに首を縦に振った。
「先輩……これは、俺のクラスメートがやったんです」
 堀尾の言葉に部室はしん、となった。

「越前も……堀尾も?」
 不二が口を開いた。
「そうです」
 堀尾が彼としては簡潔に答えた。
「酷い……」
「堀尾君、リョーマ君、最初から言ってくれればよかったのに」
 と、カチロー。
「騒ぎになるのはごめんだったから」
 リョーマが言った。今の状態が一番リョーマの避けたかった事態であった。
 あいつら――せめてボディで留めておいてくれればよかったものを。
「どうしてクラスメートが君達を攻撃したんだい?」
 不二が静かに訊く。リョーマが話し始めた。
「俺が――田代に暴力をふるったって誤解されて俺も蹴られたりして……堀尾はその時俺を庇ったんです」
「堀尾君が?!」
 カチローが信じられないものでも見るように堀尾を見た。
「ん、どうした? カチロー」
「う、ううん。堀尾君はリョーマ君を信じたんだね」
「当たり前よー。大体ノブ子の痣、あれ本物じゃないぜ!」
「え……?」
 そんなはずはない。ノブ子の痣は確かに痛々しくて――。
「特殊メイク、とか?」
「多分」
 不二の言葉に堀尾が同意した。
「俺、従兄弟がそういうの詳しいからわかるんだ。あんな不自然な痣ねぇっての」
「そうか……」
 不二は何か考え込んでいるようだった。
「遅く、なりました……」
 田代ノブ子が部室の扉を開けた。雰囲気が暗い。尤も、リョーマに襲われた、と言った時以来、彼女はすっかり暗くなってしまったが。
「ノブ子ちゃん……」
 菊丸は不二を見た。不二が厳しい顔をしている。それで菊丸には伝わったようだ。
 ノブ子はマネージャー業に励む。やがてどやどやと部員達が入室してきた。
「越前?! どうしたんだ?! その傷!」
 桃城武が驚いている。
「――こうなったら秘密にする意味もないよね。……クラスメートにやられたんス。その……堀尾も」
「へぇ……お前ら、ケンカしたんか」
「ケンカじゃないです! リンチっスよリンチ!」
 堀尾が口を挟んだ。
「お前、リンチされるようなことしたのか?」
「いえ……」
 それを聞きながらノブ子が黙々と洗濯を始めている。その顔に生気はない。いたって無表情だ。
「だよなぁ。お前生意気だけどリンチされるようなことしないよな。あ、氷帝の跡部のファンがやったのか?」
「クラスメートって言ったっしょ」
 そう、跡部は関係ない。急に跡部の名前を出されてリョーマの心臓の鼓動が早くなった。
(跡部さんがこのこと聞いたらどう思うかな)
 跡部さんが俺を信じてくれないなら仕方がない。でも、もし信じてくれたら――嬉しくて死ねるかもしれない。
「越前、顔が赤いぞ」
「――ここ、熱気籠ってるッスね」
「ん? そうか?」
 首を傾げている桃城を無視してリョーマが着替える。
「わっ、酷い!」
「何が……?」
「越前、お前……背中見えないんだよな。すごいことになってる」
 ああ、そうか。見えない部分もやられたんだっけ。リョーマが何となく他人事のように考えていると――。
「おチビ、今日は帰った方がいいよ」
 菊丸が労わってくれる。
「そうだな。堀尾、お前どうする?」
「そんなぁ、桃ちゃん先輩。俺、部活だけが楽しみで今まで早退しなかったのに――」
「右に同じく」
 堀尾とリョーマが答えた。
「まぁ、手塚部長に言ってみよう。部長、部長ー!」
「叫ばなくても聞こえている。ふむ。越前、そこに立て。堀尾は上を脱げ」
「わかったッス」
 二人の体はむごたらしいものだった。皆、一瞬言葉が見つからないようだった。それからさざ波のように口々に何事か囁く。
「お前ら――体は痛むか?」
「痛くないっス! テ二スできない方が万倍も痛いっス!」
 リョーマは悲痛な声を上げた。何よりもテニスを愛している男なのだ。越前リョーマという男は。手塚は、取り敢えず今日は見学しておけ、と言い渡した。

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2016.6.13

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