リョーマの戦い 27

「堀尾!」
 病室に着くなり、リョーマは叫んだ。
「堀尾、堀尾!」
 リョーマは堀尾の怪我に響かないよう注意しながら堀尾の小さな体を抱き締めるふりをした。
「何だよ……越前」
 堀尾は少し照れくさそうにしながらも、嬉しそうに越前の頭を撫でた。
 リョーマの母の倫子は、その場にいた堀尾夫妻に頭を下げていた。
「あ、これ、タルトタタンで買ったホールケーキですが、皆さんで食べてください。――堀尾くん」
「何ですか?」
「――リョーマを守ってくれてありがとうございます」
 倫子が丁寧に、大人に対するみたいな態度で堀尾に礼を言った。
「いえ……」
 堀尾は感極まって、これ以上は咄嗟には喋れないらしかった。
「堀尾」
「跡部さん……」
「何かあったら俺に言えよ。俺にとってもお前は友達だからな」
「――ありがとうございます」
 堀尾は鼻水を啜った。
「俺は樺地のところへ行くが、リョーマはまだここにいるだろ?」
「いえ。俺は堀尾の母さんに話があります」
「私に?」
 きっちり髪をセットした、憔悴した表情の堀尾良子が言った。
「何かしら?」
「ここでない方がいいっス」
「わかった」
 そう言って跡部はパチンと指を鳴らした。
「越前と堀尾のおばさんを特別室へ」
「わかりました。こちらです」
 看護師がうっそりと現れて案内を買って出た。
 二人きりになると、リョーマはこう切り出した。
「おばさん、昨日は済みませんでした。――堀尾は、思ったより重傷のようですね」
「いえ……私こそ酷いことを」
「錯乱したんでしょう? わかるような気がします。おためごかしを言うつもりはありませんが。掘尾は勇者だと思います。さっきだって俺に嫌な顔ひとつしなかった」
「越前君……」
「堀尾は、俺の本当の友達です」
「私も――聡史は自慢の息子です。ありがとう、越前君」
「最初は俺が虐められてて――堀尾も巻き込まれて……でも堀尾の態度が変わることはありませんでした」
 良子はそれを聞いてハンカチを目元に当てた。
「聡史と――友達になってくれてありがとう。越前君」
「俺、近所の医者にテニスを止められかけたんです。確かに前より体が動かないし――もし良かったら堀尾くんと一緒にリハビリしていいですか?」
「ええ。喜んで。聡史にも訊いてみないといけませんけれど――聡史も喜ぶと思います」
 堀尾と一緒にテニスができるようになったらリョーマも嬉しい。
 でも、それにはまず、堀尾は辛いリハビリを受けなければならない、ということも知っていた。
「跡部さんに聞いたんだけど――近くにリハビリセンターがあるとか」
「有り難いわねぇ……跡部さんにはいろんな形でお世話になってるわね」
「テニス、また息子さんとできるのを楽しみにしています」
「ええ……」
 良子はリョーマの手を取った。
「これからも聡史のことを宜しくね」
 リョーマは応えた。
「勿論!」

「堀尾――傷、痛まない?」
 病室に戻って来たリョーマが堀尾に声をかけた。
「ああ――そんなに……越前、変わったな」
「そうかな」
「お前、俺に気ぃ使ってるんじゃない?」
「正直言うと使ってる」
「いつも通りのお前でいいよー。その方が付き合いやすいし」
「そうだね」
 跡部に、リハビリセンターのことを詳しく訊こう、とリョーマは思った。
「俺、リハビリ頑張るからさ」
「うん――」
「俺、越前のおばさんと今まで話してたんだ。いい人だな。おばさん」
「まぁ、そうだね」
 リョーマの返事を聞いて、倫子はふふっと笑った。
「堀尾君もとってもいい子よ」
「南次郎さんも悪い人でないし、ちょっとお前が羨ましいよ」
「そうかねぇ……でも、堀尾も親に愛されてるだろ?」
「うん……今回それが改めてわかったぜ。越前のおかげだよ」
「え……?」
 まさか、自分のおかげだと言われるとは思わなかった。
「小坂田が今日も来るってさ。それよりさ、樺地さん大丈夫かな――」
 リョーマがこくんと頷いた。樺地の回復も祈ろう。樺地さんだったら大丈夫だ。リョーマがそう思うには、それなりの根拠があった。――勘、というやつである。
「猫助けたんだろ? 樺地さん、いい人じゃん」
「俺さ、樺地さんとも会いたいんだよね」
「俺もさ~。くそ、体が自由に動かせたらな」
「ムリはすんなよ」
「わかってるって」
「ねぇ、掘尾。どうして俺を助けたの?」
「お前はさ――こんなところで終わるヤツじゃないと思ってたからさ」
「……俺さ、忍足さんと話したんだけど、堀尾とダブルス組めたらなって話したら、忍足さんにきついこと言われてさ」
「当たり前だろ? お前はシングルスの方が向いてるよ。俺が忍足さんだったとしても反対するね」
「やっぱりそうか……」
「お前は世界に羽ばたくヤツだからさ、俺のことは気にしないで、上へ行けよ」
「上へ……」
 上へ行くこと。それは長いことリョーマの目標だった。南次郎よりももっともっと上へ――。
 でもいくら上に行くと行っても、周りの風景を見ることができないのでは意味はない。
「掘尾、俺には皆がいる。皆と一緒じゃなきゃ、意味ないよ」
 リョーマを支えてくれたテニス部の皆。いずれ別れる日がくるとしても――。
 皆といた時間は忘れない。
「あー、テニスしている時は最高だったよな――俺、青春学園入って良かったよ。カツオやカチローや先輩達に会えたもんな。そして勿論、お前にも……越前」
「何?」
「ずっと、友達でいてくれるか」
 リョーマは笑顔で頷いた。
「男の友情――ね」
 倫子が呟いた。
「あ、私ね、カメラ持って来たの。リョーマ、掘尾君、こっち向いて」
 倫子はいつもカメラを持ち歩いている。時々カメラを取り出して風景などを撮っている。勿論、スマホのカメラ機能も使っているのだが。
 倫子がシャッターを押す。リョーマと堀尾はとびっきりの笑顔で笑った。

次へ→

2016.8.18

BACK/HOME