リョーマの戦い 23

「遅い」
 越前家の玄関では、阿吽の像宜しく、半ば青年の体つきに近くなった青少年が二人。
「手塚部長! 跡部さん!」
 この二人はどこか似ている。性格も考え方も全く違う二人。それなのに――似ている。
 テニスというスポーツが彼らの絆になっているのかもしれない。
「てめぇはいつまで病院に入り浸っていたんだよ。掘尾が疲れるじゃねーの。あーん?」
「樺地の部屋で氷帝の連中に好きにさせておいた貴様の言う台詞ではないな……」
 この二人の会話はまるで夫婦漫才だ。
 芝沙織を煙に巻いてスミレに途中で降ろしてもらってやっと帰って来た我が家である。手塚と跡部の姿を見た途端、緊張が解けていくのが自分でもわかる。
「ここには取材陣があまり来てないね。まだ嗅ぎつけられてないの?」
 リョーマはほっとして二人に訊いた。手塚と跡部は顔を見合わせるとはーっと同時に息を吐いた。
「――いるぞ。家の中に」
「自分の目で見て来い。俺達は嫌気がさしたからここまで逃げて来たんだ」
「あー、それで……俺を待っていてくれたんスか?」
「元はといえばお前が……いや、お前は悪くないんだが……」
「雌猫などに嵌められたお前が悪い!」
 手塚は何だか煮え切らず、跡部はきっぱりと言い切った。
「田代ノブ子と言ったな。あっちはもっと酷いことになってるぞ」
「あっそう」
「興味ねぇのか? 今、テレビでやってるはずだぞ」
「田代は――どうなるの?」
「自分の目で見るんだな」
「跡部さん……」
 ごめんなさい、とリョーマは目で訴えた。氷帝をこんな騒ぎに巻き込んでごめんなさい。跡部さんをこんな騒ぎに巻き込んでごめんなさい。
 だが、当の跡部は、
「何だ? 妙な目付きして。腹でも減ってんのか?」
 この男にはデリカシーの欠片もないのを忘れてた。
 尤も、手塚も結構デリカシーのない男である。そういうところも似ているというわけか。
「ちょっと――飯食ってきます」
 不機嫌になったリョーマがだんっ、だんっ、とわざと大きな足音を立てながら家に入って行った。
「お帰り。リョーマ。ちょっと面白いことになってんぞ」
 南次郎が玄関まで出迎えてくれた。嫌な予感がした。
「面白いことって何?」
「ほら」
「おかえりー、リョーマくん!」
「?!」
 その人達は大半が知らない人々――マスコミの関係者に違いなかった。ぐるりを見回してからリョーマが叫んだ。
「親父! どういうことだよ、これは!」
「いや、俺もさ――お前の様子がいつもと違ったから、帰ってきたら俺自ら出迎えてやろうと思って――いやぁ、来るわ来るわ、客が。――さぁさ、皆さん、リョーマは疲れてるからまた後で」
「アンタ、それ全員通したの?!」
「いけなかったか?」
 リョーマはくらっと倒れそうになった。スミレ先生、この親父のクラスをを受け持って投げ出さなかったアンタは偉大です……!
「おっと、大丈夫か?」
 跡部の男物のコロンがふわっと香る。跡部に支えられたのだ。
「あ……とべさん? 帰ってきたの?」
「ちょっと気になってな。越前、体調大丈夫か? ちゃんと食ってるか? ん? どうした? しがみついて。虐めがそんなに怖かったか?」
 そうではなかったのだが、そう思わせておくことにした。
 ああ、もう、死んでもいいっ!
 リョーマは跡部の上着をぎゅっと握った。このまま跡部に抱き締められ、このままこの匂いに包まれていられたなら!
「何してんのーあとべー」
「越前! 跡部何しとるんや!」
 ジローと忍足が暖簾の向こうから玄関を覗き込む。
「跡部、自分逮捕されるで! しかも少年なんて!」
「うるせぇ、幼女マニア」
「あ、あれはただ微笑ましく眺めてただけやっ……!」
「ようし、見てろよ。いつか俺様がてめぇを逮捕してやるよ、忍足」
 ネットの一部では忍足変態説が囁かれている。しかも、更に一部では真性ロリコン説まで流れているらしい。丸眼鏡が悪いのではないのだろうか。
「あとべー。逮捕って、警察になるのー」
「俺は警察になる余裕はねぇなぁ。おい、チビ。俺様が直々に部屋まで運んで行ってやる」
「え……いいっス」
 リョーマは慌てて跡部から離れる。
「何や。送り狼になり損ねたなぁ、景ちゃん」
 そう言ってニヤニヤしている忍足は間違っている。リョーマの方が送られ狼になるかもしれないのだ。まぁ、事に及ぶ前に誰か来るかもしれないが。それにしても、体力が落ちているのが自分でもわかる。性欲と体力が必ずしも比例しないことがわかった。
「うっせ! 逮捕するぞ忍足!」
「そんで裸の取り調べやね、よし来い跡部!」
「PTAに通報されろ! この丸眼鏡!」
 跡部さんと裸の取り調べ……変態的なシチュエーションだが、リョーマは鼻血が出そうになった。
「おっと。越前がのぼせとるで。ほら、こっち寄越せ。な?」
 素に戻った忍足が医者の卵の片燐を見せる。医者の卵と言えば……。
「大石先輩、は……?」
「先に帰ったぜ。勉強じゃねーの?」
「そっか……がんばってって、伝えたかったな」
 跡部が目を瞠った。青みがかった瞳が印象的だ。
「お前――いいヤツだな」
「そうスね……俺、跡部さん達にも散々ヤキ入れられましたしね。おかげで記憶戻りましたよ」
「あー、それな……」
 跡部が遠い目をする。
「あの頃のお前は、お前でないみたいで気色悪かったぜ」
「悪かったっスね……」
「でも、時々あの頃のお前が出てくるぜ。そうするとな、何となく手を差し伸べたくなっちまうんだ」
「跡部さん……」
 抱き着きたかったが、リョーマはそうせず、ただにっこりと笑った。
「嫌やっ! 景ちゃん、愛の告白っ?!」
「忍足……それは誰の真似だ」
「四天宝寺の金色小春の真似や。似とるやろ」
「似てるとか何とかいう以前の問題だな」
「同感」
「まぁ、冗談はともかく、ゆっくりしいや。越前。ほれ、ジローもあんなところで寝てる」
 芥川慈郎が廊下に寝転がっている。
「ほんとに全くどこででも寝るヤツだな……寝る子は育つというが……」
 跡部は呆れたように呟く。取材陣は南次郎が押さえているらしい。誰かがあっはっはっと大きな声で笑っているのが頭に響く。
「お前の親父、な。今取材陣の気を逸らしているところなんじゃねぇかな。――いい親父持ったな。お袋と菜々子さんの飯も旨いし」
「――ウス」
「樺地の真似、か――」
「ウス」
「忍足の金色とかいうヤツの物真似よりは似てるな」
「どういう意味や跡部……」
 忍足の膝枕でリョーマは天井を見上げた。眩しい。この頃視界がやけに明るい。
 魂がふぅっと浮遊するような感覚がある。何でだろう。忍足の膝枕がやけに心地いい。本当は跡部にしてもらいたかったけど――。
 俺、病気かなぁ、ふぅっとあの世に行ってしまうような気がする。せっかく記憶戻ったのに。まだまだ戦い足りないのに、こんなところで死ぬのは、嫌だな……。

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2016.8.12

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