リョーマの戦い 13

「俺、Ponta買いに行って来る。細かいのないから竜崎もついて来て」
「あ、私もあるかどうか――」
 リョーマは桜乃に視線を遣る。しばらく二人きりにした方がいいんじゃない?
「あ、そうだ。私、買い物して小銭あるんだ。じゃ、行って来るね」
「行ってらっしゃい」
 朋香はリョーマと桜乃を笑顔で送り出した。

「朋ちゃん、堀尾くんと上手く行くといいね……」
 桜乃が言う。リョーマは何も言わずPontaのグレープ味を啜っている。けれど、気持ちは同じだ。
 まぁ、あの二人のことだ。今でもちぐはぐな会話続けているんだろうけれど――。それで短気を起こした朋香が病室を出て行ったりして。
 何でそんな感じがしたのかわからない。でも、堀尾はともかく、朋香は自分でも言った通り、堀尾を見直している。チャンスあげたんだからちゃんと決めろよ。堀尾。
「あれ? ――よぉ、お前ら、何やってんだ? こんなところで」
 この低めの声、まさか――。
「跡部さん」
「おう」
 跡部景吾であった。髪が少し伸びたらしい。跡部は何が何だかわからないと言った顔をしている。リョーマが訊いた。
「何で跡部さんがここに?」
「樺地がトラックにはねられたんだよ」
「――樺地さんが?!」
 リョーマが驚いた。そして焦った。
「病室どこ?!」
「502号室。てめーらはどうしたんだ?」
「堀尾くんが……」
「怪我したんスよ」
 泣き出しそうに言葉に詰まる桜乃の台詞を遮ってリョーマが答えた。
「怪我か……大変だな」
 跡部は同情に絶えない、と言った表情をしている。だが、別の感情もその青みがかった瞳に現れているみたいな気がする。それが何なのかリョーマにはわからなかったが。ここで本当のことを言ってしまおうか――リョーマは考えた。けれど、樺地のことも気になる。
「樺地さん……大丈夫っスか?」
「ああ。全治一週間だとよ。猫を庇ってはねられたらしい」
「猫を庇って――」
 跡部の台詞に、自分を庇った堀尾の姿がオーバーラップした。
 世の中にはどうやら自分より弱い者が傷つくのを見るのが身を切られるより辛い、という人種がいるらしい。リョーマはそんなタイプだとは自分では思えないが、そのような人間がいるということを知ると、世の中捨てたもんじゃない、という気になる。因みに、リョーマは跡部も彼らの仲間だと思っている。
「堀尾……」
 リョーマはつい口に出してしまった。
「何かあったのか?」
 跡部の顔が険しくなる。この男にはインサイトがあったんだっけ――リョーマはぼんやりと考える。
「どうやら堀尾の傷の方が深そうだな――心の傷もあるんだろ?」
「――跡部さんは堀尾くんの怪我の原因、知ってるんですか?」
「何となくだが……推理できた」
 そして、跡部は樺地に連絡を取った。
「わりぃ、樺地。ちょっと戻るの遅くなる。リョーマのダチが怪我してんだよ。うん、どうやら只事ではないらしい。おう。――おめぇは優しいな、樺地。じゃ」
「樺地さん、何だって?」
 樺地は跡部に何を言ったんだろう。跡部が相好を崩すことを? リョーマは少しだけ樺地に妬いた。
「『リョーマさんの友達を元気づけてください。そんなことなら連絡、いらなかったのに、わざわざありがとうございます』だとよ」
 何だ。誰でも言えることじゃん。
 リョーマは思ったが、樺地の怪我を考えると、樺地もいろいろ大変なんだよな――と思い直した。跡部が急に姿を消したら自分だって不安になるだろう。それに、樺地がそんなに喋れるなんて初めて知った。――失礼かもしれないが。
「どこだ? 堀尾の病室」
「こっちっス」
 案内するリョーマの後を跡部はついて行く。その後から桜乃が。
「おい、堀尾」
「あ、跡部さんじゃないスか」
 彼らは知り合い同士である。友人と言ってもいい。
「跡部さん――」
 朋香が眉を八の字にする。
「小坂田。てめぇは元気だけが取り柄だろ。泣くんじゃねぇよ。おら」
 跡部はぐいっと親指で朋香の涙を拭う。
「な、泣いてなんかいないわよ!」
「跡部さん、助かったっス。小坂田、怒り出して――」
「全く、仕様のないヤツらだなぁ」
 跡部が溜息を吐く。リョーマの思った通りだったらしい。リョーマ達が病室に戻って来なかったら朋香は出て行ったことであろう。
「私だって、堀尾やリョーマ様の力になりたいのに!」
「だから――時々差し入れしてくれるだけで充分だって!」
「私はもっと他のことをしたい! 私だってリョーマ様の力になれるのよ! 堀尾の力にだって――」
「はいはい。痴話喧嘩はそこまでだぜ」
 跡部がパンパンと手を叩く。
「痴話喧嘩じゃないっての!」
 真っ赤になった堀尾と朋香が同時に叫んだ。
「堀尾――良かったな。思ったより元気だ。樺地にもいい報告ができるぜ」
「樺地さんに報告するの?」
 と、リョーマ。
「まぁな。これで堀尾が沈んでいたら、俺もそれを伝えなきゃいけねぇだろ。そうするとだな――樺地が世にも悲しそうな顔をするんだ」
 やっぱり跡部はあの人達の仲間だ。適当に誤魔化すということを知らないんだ。
 それにあの無表情な樺地さんの世にも悲しそうな顔って――きっと跡部以外そう感じ取る人間はいないと思う。跡部は意外と感受性豊かだから大変だろうな。
「あ、そうだ。俺も言っとかなきゃ。樺地のヤツ、猫を庇って車にはねられたんだとよ。全治一週間だ」
「猫は無事?」
「無事だ」
「良かった」
 安堵の吐息をついたリョーマの顔が緩んだ。
「おっ、可愛いじゃねーの、その顔」
「からかわないでくださいよ」
 そう言ったリョーマも自分が笑顔になって行くのがわかった。
「なぁ、小坂田、越前て……」
「ムムム、強敵現るってところね。リョーマ様のあんな笑顔、私だって見たことないもの」
 桜乃だけが二人のじゃれ合いをにこにこしながら見守っている。
「桜乃、あのいちゃつきぶりを笑いながら見守れるなんて――人間できてるわ」
「越前のヤツ、女に興味がないのかと思ったら――」
 人の恋路はよくわかる朋香と堀尾であった。
「あ、樺地さんのとこ行っていい?」
「いいよ。俺も行きたいけど、体がいてぇんだよ」
「アンタは大人しく寝てなさい」
 朋香がぴしゃりと堀尾の額を叩いた。
「――だな。報告宜しく!」
 リョーマが親指を立ててOKのサインを出した。
「私はここにいるね、ちょっと……心配だし」
「何が心配なのよ。桜乃」
「堀尾と小坂田が喧嘩しないかどーかだろ?」
 リョーマが桜乃の気持ちを代弁した。桜乃は「うん……」と頷いた。堀尾も朋香も反論を試みようとして口を開けたが言葉が出なかった。――その時、どことなく顔つきが堀尾に似た二人の男女がやって来た。
「しゃあねぇな。ほら、行くぞ」と、跡部が言って部屋を出た。
「うん。じゃあね。すぐ戻ってくるから」
 そう言い残したリョーマは来客に向かって軽く会釈した。跡部はスタスタと樺地の病室に向かって歩く。跡部の広い背中を見ながら、早くこの人に背丈が追いつきたいとリョーマは願った。

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2016.7.13

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