リョーマの戦い 12

「堀尾ッ!」
 小坂田朋香が保健室に駆け付けた。竜崎桜乃も一緒に。
 堀尾はベッドに寝ていた。リンチで気絶した後、眠り続けている。
「酷い……」
 朋香が堀尾の傷跡を見て呻いた。
「朋ちゃん、堀尾くん……」
 桜乃が心配そうに手を揉み絞っていた。
「あいつら――私を怒らせたわね! もう、許せない! リョーマ様だけでなく、堀尾まで……」
「待って、小坂田」
「何? リョーマ様!」
 朋香がリョーマに向かって怒鳴る。よほど怒っているのだろう。リョーマが朋香の手首を掴む。
「これは、俺のせいだ。俺が責任を取る」
「――――」
 朋香も落ち着いてきたらしい。しょぼん、と椅子に座る。――ぎゅっと握りこぶしを握る。
「朋ちゃん……」
「許せない……! リョーマ様は女の子を乱暴したり、虐めたりしない……そんなこと言いふらし始めたのって、男テニのマネージャー? ――田代ノブ子でしょ? サシで話つけてやろうかしら」
「朋ちゃん、それでもし朋ちゃんも虐められたら? 朋ちゃんもだけど、リョーマくんだって傷つくよ」
 それに、私も――桜乃は涙を必死で我慢しようとしている。止まらなかった涙が一筋、ぽろりと落ちる。
「桜乃……」
「私だって、戦いたいよ。リョーマくんや堀尾くんをこんな風にした人達、許せない。でも、それでどうなるというの? 朋ちゃん、私だって怒ってるんだよ。こんなことになった出来事について。でも――本当にその人を責めることはできるの? 田代さんて人――私は悪い人ではないと思う」
「私も同感だね」
 竜崎スミレが立っていた。
「今、田野が来てね。堀尾は入院が必要だと言ってたよ」
「堀尾……」
 朋香も泣いた。リョーマは厳しい顔をしている。
 堀尾――仇は必ず討つ。
 けれど、ノブ子をやっつける訳ではない。クラスメートに制裁を加える訳ではない。変わるんだ。自分自身。明日の、己の為に――。この青春学園にいつの間にか巣食ってしまった悪意と、戦う。
 救急車がサイレンを鳴らしながらやって来た。
「さぁ……堀尾を運ぶよ」
「俺、一緒に行きます」
「あ、私も」
「済まないね、リョーマ。朋香ちゃんは桜乃と一緒にいておくれ。そうそう。桜乃。アンタも言うようになったねぇ」
 スミレは孫の成長を見守る祖母の顔をしていた。

 悪口がさざ波のように聞こえる。けれど、堀尾を同情する声も確かに聞こえてきたのだ。
(堀尾、越前君を庇ったんだって)
(すごいね……私じゃできない……)
(正直――見直したね)
(早く目が覚めるといいね)
 そうだね。堀尾。早く目が覚めるといいね。世界は――運命は非情に見えるかもしれないけれど、いつもこれで良かったって結末を用意してくれるのだから――。
 堀尾、目覚めれば、優しい仲間が待っている。
「おや、いい顔になったね。リョーマ」
 スミレが言った。
「以前は青褪めている癖に突っ張った表情して、よっぽど転校を勧めようかと思ったんだけど――今のお前さんなら大丈夫だね。そんな気がする」
「はい……もう少しここで、青春学園で頑張ってみます」
 何故なら、リョーマも青学が好きだから――。
「堀尾の為にも、頑張ってみます」
「ああ。でも、どうしても勝ち目のない場合は逃げたって構わないんだよ。逃げることだって決して悪いことではないんだよ」
「はい……俺も堀尾に付き添っていいですか?」
「それは病院側に言っとくれ。病院に行くのは構わんよ。というか、今のお前さんのクラスじゃ授業どころじゃないかもしれないからねぇ。一歩間違えばお前さんが堀尾のようになっていたかもしれないし――」
 リョーマは授業中も密かな嫌がらせを受けている。そのことをスミレは指摘したのかもしれなかった。
 それに――正直リョーマもほっとしていた。これで嫌がらせを受けずに済む。堀尾の傍にいられる。
 堀尾のことをダシにしたようで申し訳がないが――。
 今の1年2組はおかしい。
 そんな風評もあちこちで飛び交っている。確かにその通りなのだが。
 けれど、それすらも虐めの口実になって――。
(てめぇらがいるから俺達変な目で見られるんじゃねぇか!)
 違う、それは、違う――。
 堀尾……。
 皆が堀尾のように本当の勇気を持ってくれたなら、1年2組は平和なクラスに戻るのに――。
「竜崎先生。俺、戦います」
「そうかい。他の誰を傷つけても――かい?」
 リョーマはぐっと答えに詰まった。今、堀尾がリョーマの為に犠牲になったばかりではないか。
 それでも、止まらない。いつか、エンドマークが出てくるその日まで。そんな日が来るかどうかもわからないけど。
 越前リョーマは非情な男と化す。
「――ウィッス」
 リョーマの目の前に炎が浮かんできたような気がした。これは、俺の炎なんだ――。

「……ん?」
 堀尾が目を覚ました。
「堀尾!」
「堀尾くん、大丈夫?」
「アンタ――リョーマ様を庇ったんだって?」
 上からリョーマ、桜乃、朋香の順で声を上げた。
「あ、俺――ここ、どこ? 病院?」
 堀尾が周りを見回した。
「小坂田に竜崎。今授業中じゃ――」
「とっくに終わったわよぉ。私達、急いで来たんだからね!」
「そっか。すまねぇな。小坂田――」
 朋香が妙な物でも見たように怪訝そうな声を出した。
「アンタ――変わったわね」
「え? そう?」
「何か――今のアンタ、男って感じ」
「? 元から男だけど?」
 ――堀尾のニブチン。
 リョーマはつい笑いを洩らしてしまいそうになったので桜乃の方を見た。桜乃も同じような顔をしている――と思う。
「ま、だから見直してあげてもいいけど」
「小坂田……何言ってんだか全然わかんない」
「だって――リョーマ様庇って怪我したんでしょ?! 勇気があるって言いたいの!」
 朋香は叫んだ後、はぁ、はぁと肩で息している。
「越前のこと? だって、見てらんねぇじゃん。誰だってそうするだろ?」
「アンタ――アンタだけよ! こんな馬鹿! 他のクラスの先生呼べばいいのに!」
「あ、そうだった。小坂田の言う通りだよなぁ」
 堀尾はのんびり言う。自分のクラスの先生は虐めがあっても見てみぬふりだ。
「俺、アホだよなぁ……」
「アホじゃない!」
 桜乃が立ち上がった。
「堀尾くん、立派だよ。アホなんかじゃない……私だったら怖くて何もできないもん!」
「そうね――堀尾、リョーマ様のこと庇ってくれて、ありがとう……」
 朋香は顔を赤らめながらそっぽを向いて呟いた。

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2016.7.10

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