リョーマの戦い 10

『テニス』――それが、魔法の言葉であるように、リョーマはうっすらと瞼を開けた。リョーマはテニス馬鹿なのだ。
「それから――青学では引退した三年生が越前の為に部室に来てるとのことでしたが」
「そんなことまで……誰だよ、言ったやつぁ」
「誰だっていいでしょう。――噂のことを知った時、跡部元部長が荒れて大変でした」
「跡部?」
「――え?」
「あ、越前……!」
 またずり落ちそうになったのを引っ張り上げる。
「取り敢えず、越前は家に送るよ」
「――俺も行きます」
「お前は関係ねぇだろうが」
「俺の下剋上には越前と対決した結果としての勝利が必要なんですよ」
 桃城がふっと笑った。
「――いいライバル持ったな。越前」
「はい……」
 そして、跡部さん。荒れたってどういうことだろう。
「ねぇ、日吉さん。跡部さんが荒れたってどういうこと?」
 眠くて、桃城が掴んでいなかったらまた落ちそうだ。リョーマが尋ねた。
「え――? 俺が来た時には跡部部長、それは物凄く怒っていて、樺地が宥めるのに一生懸命でした。『越前がそんなことをするはずねぇ!』とか、怒鳴って――」
 そこで日吉はくすりと笑った。
「愛されてますね。越前さん」
 そうだね。嬉しい。跡部さん――眠いけど……何か幸せ……。
「桃城さん、俺も越前家に連れて行ってください」
「勝手についてきゃいいだろ?」
「――わかりました」

 越前南次郎が日吉を見た時、開口一番、
「あ、キノコだ」
 と、言った。日吉はムッとしたようだった。
「キノコだ、キノコだ」
「あなた……失礼よ」
 リョーマの母親はまともである。一生懸命笑いが止まらない南次郎を宥めようとしている。
「……まぁ、こんなことでいちいち腹を立てても仕様がないですけれどね……」
 日吉のこめかみには血管がぴくぴくと浮き出ている。
「キノコ」
 桃城が言うと、
「放っておいてください!」
 と日吉は怒りを爆発させた。
「すまんすまん、まぁあがれや」
 笑った為に出た涙を拭った南次郎はリョーマを背負った桃城と、さっき自分がキノコと呼んだ少年を家に招き入れた。
「おい、少年。さっきは笑って悪かったな。名前は何と言う」
「日吉……若……」
「そうか。俺は……」
「越前南次郎でしょ。伊達にテニスはやってませんよ」
「む……そうか。母さん、菜々子、こいつらに飯用意してやってくれ」
「はいはい」
 リョーマの母、越前倫子は台所へ引っ込んでいった。
「リョーマさん、帰ったの?」
 長髪の美女がやって来た。
「桃先輩、眠い……」
「あらあら。じゃあベッドにリョーマさんを運びましょうね」
「はい」
 その時、日吉はどうしていたかと言うと――長髪の美女に見惚れていた。頬にうっすら血の気が上っている。
「あなたもリョーマさんの友達?」
「いえ、あの……」
「んだよ。色気づきやがって」
 桃城がニヤニヤ笑っている。
「まぁ、菜々子さんは美人だからな」
「菜々子さんと――おっしゃるんですか」
「はい。越前菜々子。リョーマさんの従姉です。宜しくね」
 耳に快い柔らかめなソプラノ。
「日吉、若です」
「若さんね。ちょっと、悪いけどリョーマさん部屋に運びますからね」
「あ、すみません……」
「いいッスよ。俺が運んで行きます」
「武さん、私も手伝うわ」
「構わないっスよ。越前は軽いんで」
「そう? じゃあお願いするわ。ありがとうね」
 桃城がリョーマをおぶって階段を昇って行く。
「ほら、寝ろ」
「ありがとう……ございます」
 そう言って、リョーマはまた夢の中。
「こんなに小さいんだよなぁ……」
 桃城はリョーマの手を握ってやった。リョーマの口元には満足げな笑みが浮かんでいる。リョーマ自身に自覚はないが。
「武さん、ご飯よ」
「すぐ行きます。菜々子さん待ってるからもう行くな。越前」
 リョーマは答えるように「むにゃ……」と返事をした。

 気が付くと朝だった。ノックをした桃城がリョーマの部屋のドアを開けた。
「越前、起きたか?」
「桃先輩……早過ぎませんか?」
「今日は泊めてもらったからな。日吉は帰って行った」
「そっか……あの人にもお礼言わないと……」
「うん。あのキノコにな」
 ぷーっ、くすくす。リョーマは思わず笑ってしまった。
「なぁ、おかしいよな」
「はい……」
 笑いのツボは親子で似るらしい。昨日は眠くてそれどころではなかったが。
「これからの氷帝も……大丈夫そうですね」
「日吉はしっかりしたヤツみてぇだからな。上手く部員をまとめて行くだろう」
「おう、ガキども。朝飯だぞ」
「また洋食?」
 リョーマが密かに眉を寄せた。
「まぁ、そう言うなって。作ってもらえるだけ有り難いと思え。桃も食ってくよな」
「はい! 洋食は大好きです!」
「そっか。お前何でも食いそうだもんな――早く来い。母さんが待ってる」
「わかりました」
 桃城が元気よく返事をすると、南次郎は部屋を出て行った。
「なぁ、越前。お前、虐めのことは親には言ったか?」
 リョーマはふるふると首を横に振った。カルピンがベッドに乗って「ほあら~」と鳴いた。

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2016.6.28

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