リョーとケイのアイドルユニット 8

「OKでーす」
 休憩が入った。リョーマが跡部と廊下に出ると――。
「ちぃーっす。越前、跡部さん」
 リョーマのテニス部での先輩、桃城武が青学の面々と行儀悪く廊下に座り込みながら挨拶する。
「あーん? 相変わらず作法がなってねぇな。桃城よ」
「跡部さん、アンタに行儀作法を注意されちゃおしまいだぜ」
「そうだよ。――それに、俺達もいるよ」
 菊丸英二が唇を尖らせる。
 不二周助がクスクス笑う。海堂薫が「フシュ~」と息を吐く。河村隆がよっこいしょと言って立ち上がる。
 乾貞治が直立不動のままで『越前のアイドルとしての成功する率……100パーセント』などと、リョーマにとっては複雑なデータを弾き出している。
「ほら、英二もちゃんと立って」
 青学テニス部の副部長だった大石秀一郎が菊丸を支える。
「もう~。子供扱いしないでよ~」
 菊丸は不満顔をしているように見えるが、本当はそう悪い気はしていないらしい。二人の力関係が見えるようだ。
「越前、跡部」
「何スか? 手塚部長」
「越前――Ponta買って来たぞ」
「マジっスか?」
 手塚国光の差し入れにリョーマの声が弾む。
「越前がPonta好きなのは知ってるからな。――跡部。ついでにお前の分も持って来た」
「気が利くじゃねーの。手塚。あーん?」
 青学の手塚と氷帝の跡部はライバル同士――これは周知の事実であった。
「部長。俺達には?」
 桃城の言葉に、
「自分で買え」
 と、手塚がけんもほろろに突っぱねた。
 リョーマと跡部には同じグレープ味。リョーマがグレープ味が好きだからだ。炭酸がリョーマの口の中でしゅわしゅわとなる。この感触が堪らない。
「美味しそうに飲むね」
 不二の穏やかな笑顔。いい仲間達を持ったな、とリョーマは思った。
 跡部はあまりPontaを飲む機会がないのか、珍し気な顔をして口に流し込んでいるが、彼の舌なめずりを見た時、リョーマの心臓はどきんと跳ね上がった。
(――手塚先輩……違うの買って来てくれれば取り換えっこが出来たのに……)
 だが、それは贅沢な注文だな、とリョーマは思った。せっかく手塚が、彼なりに疲れているリョーマ達の為に気を使ってくれたのに。
「それにしても、氷帝のヤツらは来ないな」
 乾が言った。
「それはそうだろ。ここにはお前らが勝手に来てるだけだろ?」
「う~ん。結構冷たいんだね。跡部って意外と人望ないのかな」
「だから、菊丸――」
 跡部が続けようとした時だった。
「誰が冷たいって?」
 ――氷帝の宍戸亮の声だ。
「なっ、お前ら……!」
 跡部はかえってびっくりしたらしく、声が裏返った。
「俺達も来たんだぜ。な?」
 向日岳人が忍足侑士に頷きかけた。
「せや。跡部がいないと寂しいって、がっくんが言ってたで」
「それは侑士だろ!」
「自分も、跡部さん達に、会いに、来ました」
「よく来たな。樺地!」
 嬉しそうに跡部が手を挙げた。
「頑張ってください。跡部さん」
 宍戸のダブルスパートナー、鳳長太郎が拳を握る。
「へへっ。スタジオって初めてだC~」
 芥川慈郎が笑う。日吉若もついて来ていた。日吉曰く、「俺が見ていないと不安ですからね」――とのことだ。
「あ、跡部の応援団だ~」
 菊丸がぶんぶんと手を振る。
「どや。越前。跡部は歌もダンスも上手いやろ」
「当然!」
 忍足の言葉にリョーマが答える前に、跡部が自信満々に胸を張った。
「なぁなぁ、跡部と越前じゃどっちがダンスが上手いかなぁ」
 と、向日が禁断の質問をした。
「越前に決まってるだろ!」
「いーや、跡部だ!」
 桃城の答えに、宍戸が反駁した。
「越前だ!」
「跡部だ!」
 越前対跡部。それはそのまま青学対氷帝の対立に繋がる。殊に、桃城と宍戸の敵対は激しい。
「ちょっと、跡部さん、止めないんスか?」
 このまま対立が続けば、リョーマも困った立場になる。ところが、跡部はニヤニヤしながら、
「放っておけばいい。俺様の方が上手いに決まってんだからな」
 などと嘯いている。
「……にゃろう」
 リョーマの目付きがいつもより更に悪くなる。
「あ、手塚部長。部長は越前に味方しますよね!」
 桃城が詰め寄る。
「そうだな……」
 手塚が眼鏡の弦を直す。
「跡部のダンスはダイナミックだし、越前のダンスには弾ける元気がある。――これでいいか?」
「何だ。結局二人のこと同じように評しているだけじゃん」
 菊丸は不服そうに唇を歪める。
「まぁまぁ。甲乙つけ難いってところだよね。手塚」
 大石が執り成しに入る。
「うむ……まぁ、そんなところだ」
「手塚……ちゃんと見ていてくれたんだな。俺達のこと」
 跡部が笑いながら手塚の肩を抱く。
「離せ跡部……また俺の肩を痛めるつもりか」
「もう治ってるんだろ。わかってるって」
「それに……俺達が慣れ合ってるのを見て、面白く思っていないヤツがいるからな……」
「どこにいんだよ。そんな奴」
 ――跡部は越前の視線に気がつかないようであった。
(変なところで疎いんだから……跡部さんの馬鹿)
 跡部景吾――ケイの一番のファンであるのはもしかしたら自分かもしれないのに――リョーマは思った。
「はーい、休憩終了です」
「こいつらも見学に入れていいか?」
 と、跡部が言った。さっきは不二が抜け駆けして中に入ったようだが。
「あ、はい……ちょっと上に訊いて来ます」
 スタッフがバタバタと走り去った。そしてまた戻って来た。
「いいそうです」
「ありがとう」
「跡部も結構いい奴だな」
 などと、さっきの台詞も忘れたように、桃城が跡部を褒める。笑顔の宍戸が無言のまま桃城の肩を叩く。跡部さん、やるじゃん――リョーマは密かに微笑した。

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2017.9.18

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