リョーとケイのアイドルユニット 7

「今度の曲は情熱の要素を取り入れたい」
 そう言われてリョーマと跡部は毎日フラメンコの稽古をしていた。
 フィニッシュで二人の息がぴったり合うと、パチパチパチと拍手の音が聴こえた。
 マネージャーの関か。そう思ってリョーこと越前リョーマが音のした方を見遣ると――。
 そこには思ってもみなかった人物の姿があった。
「不二先輩!」
「やぁ。越前。勝手に見学させてもらったよ」
「何だてめぇ……部外者は立ち入り禁止だ」
 跡部景吾――ケイが不二を睨みつけた。
「相変わらずだね。跡部。君がそう言うと思って事務所の人達には許可をもらったよ」
「てめ……さっきは『勝手に見学させてもらった』って言ったじゃねーの」
「君達の了承は得てなかったからね。テレビにも出て段々垢抜けて来たじゃないか。――リョーにケイ」
「はっ。お前にまでその名を呼ばれるとはな」
「俺、不二先輩にまでそう呼ばれるの、複雑っス」
 リョーマは困惑した。不二がクスッと笑った。
「君達ならテニスとアイドル業、難なくこなせそうだね。じゃ」
 不二がスタジオから出て行った。不二は力づけようとして言ってくれたのであろうが、テニス選手とアイドルの二足の草鞋はきつ過ぎる。しかも、このところテニスは全然出来ていないと来ている。だが、不二の台詞の裏にある優しさが、リョーマにとって嬉しくないこともなかった。
「相変わらずっスね。不二先輩」
 不二はリョーマのテニス部の先輩だった少年である。
「不二周助か……俺様、あいつはちょっと苦手かも……」
 跡部が正直な感想を口にする。
「悪い奴じゃねぇのはわかってっけど……変わり者だよな。手塚も何であんなヤツが好みなんだか。――友達になれば、また違う意見も持つようになるかもしれねぇけどな。一度ダブルスで組んでみたい相手でもあるし」
「不二先輩は顔はいいし、優しいし、第一色っぽいからね」
「それは全部俺様の形容だよ。馬鹿」
「アンタは優しくないじゃん」
「るっせ。厳しくすんのも愛情なんだよ!」
「まぁ、跡部さんの方がわかりやすいことは確かですね。単純だし」
「あーん?」
「はいはい。ケンカはそこまで」
 関が割って入った。
「関さん! いつからいたんですか?!」
「ついさっきからだよ。不二周助君、女の子ウケしそうな美少年だね。是非とも我がグループに……」
「あいつ、アイドルに興味あっかな」
 と、跡部が首をかしげる。
「不二君は、君の話に時々出てくる先輩だね。リョー」
「ウィッス」
 そういえば、跡部とテニスが出来ると言うからこの業界に入ったのに、スケジュールは半年先までびっしり。それをこなせばバタンキューの毎日である。
 やっぱりこれは、常人の生活では、ない。
 おかげでテニスも出来ないし、その他のことも――いやいや。
「関さん……跡部さんとはいつテニスが出来るんスか?」
「そうだな。俺もテニスしたくてうずうずしてんだ」
「まぁまぁ。もうすぐドラマの撮影が始まるから――」
「テニスの出来るドラマってヤツっスか?」
「ああ。だけどこの放映でまたリョーとケイの人気は上がるだろうな。また忙しくなるぞ」
「何か騙された気分っス」
 リョーマも不満を洩らす。関一人だけがうきうきしている。――跡部が言った。
「榊先生がこの話を持って来なかったら、俺も今頃は樺地とテニス三昧だっただろうな」
「樺地さんは今、何やってるんスか? ――ちっとも顔出さないけど、アンタら別れたの?」
「何を馬鹿な……あいつは日吉のサポートで忙しいんだ。この間そう言ってた」
「珍しいですね。樺地さんが跡部さんから離れようとするなんて」
「大方、俺様の邪魔はしたくないとか考えてんだろうよ。そんなこと、気にするこっちゃねぇのに。おかげでこっちは目いっぱい不自由してるぜ」
「じゃあ、何で跡部さんは樺地さんにそれを言わないんですか」
「――何て言やいいんだよ」
 そう言って跡部がむくれる。リョーマが軽く笑った。
「……んだよ」
「いや、アンタのそういうとこ、不器用だなと思って……」
 そんなところが好きなんだけど。
「忙し過ぎて学校にも行けてねぇ。高等部には推薦で余裕で内部入学出来るんだがな。俺様、皆勤賞もらうのが夢だったのによ」
「幼稚舎の頃はもらわなかったんスか?」
「インフルエンザで熱出て休んだんだよ」
「いいじゃないスか。アンタ、学校に住んでるみたいだって榊先生が言ってたし」
「榊太郎――か。あの男も謎だよな。音楽教師してるかと思いきや、俺にアイドル活動の話を持って来たり」
「そういや、アンタどうしてアイドルやってんスか?」
「俺もおめーと勝負したかったからだよ」
「何の?」
「ボケ。テニスに決まってんだろ」
 そう、跡部とリョーマはテニスで繋がっている。跡部も自分と同じ動機だと知ってリョーマは嬉しかった。
「さぁさ、四方山話はそれぐらいにして。特訓の成果を俺に見せてくれよ」
 関が手を鳴らした。振付師の男は言う。
「出来は上々だ。と言うか、何でもこなすんだな。アンタ達二人とも。天才っているんだと思ったね。しかもこの世に二人も」
 リョーマと跡部はお互い顔を見合わせて微笑んだ。成長度はスタッフからの折り紙付きである。
「しかもテニスでは化け物級だったなんて……どこまでチートなんだい。君達は」
 跡部は当然と言う顔をしている。リョーマもほんの少し唇の端が上がった。
「あんまり褒めちゃダメだよ。つけあがるから――と言っても、褒めるとこしか見つからなんだが」
「関さんの言う通りだ。俺様はこのぐらい出来て当たり前なんだよ」
「俺は?」
「リョーくんは掘り出し物だったねぇ。ケイを負かした人物として有名だったんだが」
「でも、やっぱり俺にはテニスしかないっス」
「よしよし。後で目いっぱい対戦させてあげるからね」
 関は赤いレオタードを着たままのリョーマの頭を撫でた。それにしてもこの言葉。まるで子供に言い聞かせているようだ。――実際まだ子供なのかもしれないが。
「まさかドラマの撮影じゃないでしょうね」
「当たり!」
「嫌っスよ。遊び半分の試合は」
「それはない。ドラマ作るんだって命がけだ」
「――なるほど」
 半年前だったら鼻で笑っていた言葉。だが、現場を知るにつれて、創作者という者はADに至るまで全てを出し尽くして生きているのだと思えた。そう言う意味では世界が広がって、榊に感謝かもしれない。
 跡部はこう言う世界を知っていたのだろうか。
 知っている。――今は肌でそれを良く感じている。跡部は天才肌に見せようと思っているらしいが、実はそう器用な方じゃない。陰で汗を流す努力家だ。
(ガラスの仮面って漫画に出てた姫川亜弓みたい……)
 母倫子が日本で何が嬉しいかと言えば、好きな漫画がいつでも気軽に手に入ることらしい。テニスの漫画もあるので、リョーマはこっそり読んでいた。その時読んだその演劇大河漫画のインパクトが忘れられない。主人公よりもライバル役に密かに同調していたくらいだ。
 けれど、己自身は主役でありたい。他の何が出来なくてもいい。テニスでだけは。
 これだけは、跡部に対しても譲れない。
 跡部と付き合う度、跡部の努力を知って密かに頭が下がる思いだ。関と同じく、つけあがると困るから言わないだけで。
 本当はすごいと思う。ここまで来るのには並大抵ではなかったと思う。華やかな舞台の陰に隠された努力で流す汗は美しいと思う。
(――だけど、まだまだだね)
 リョーマだって、まだ父親に敵わない。況して、自身が一回勝った跡部なんかに敗れる訳にはいかない。
 そんなリョーマの弱点と言えばあれしかない。
「そのドラマってダブルスあります?」
「あるよ」
 関はさらっと言ってのける。リョーマは関の黄色いセルフレームの眼鏡を叩き割りたい衝動に駆られた。

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2017.9.7

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