リョーとケイのアイドルユニット 6

「やっきにく~♪ やっきにく~♪」
 遠山金太郎が涎を垂らしながら箸を割った。その様子を明星楓と跡部景吾が温かい目で見ている。
「なぁなぁ、王様、どんどん食べてええ?」
 王様とは、自称キングの跡部のことである。
「ああ、いいとも。お前らとは長い付き合いになりそうだからな」
「いやぁ、堪忍な。俺までごちになっちゃって」
「何言うてんねん。オサムちゃんは自ら、『俺も誘ってくれへんの』言うたくせに」
「まぁまぁ。金ちゃん」
 渡邊オサムが冷たいビールをジョッキいっぱいに注ぐ。リョーマ達はオレンジジュースである。
「カンパーイ!」
 越前リョーマは関の方を見た。関は一度はいつもの調子を取り戻したものの、また自分の考えに沈んでいる。
(せっかくの主役があんなんじゃさぁ――)
 リョーマが関に目を遣った。今日は関の慰労会である。――名目は。
 本当は何がなんでも関に立ち直ってもらおうという集まりである。楓はあまり喋らない。楓も今の会の趣旨はわかっていて、だからこそ、どうしたらいいか考えあぐねているようだ。リョーマと楓の目が合った。楓が言った。
「リョーさん、元気出して……」
「元気だよ。俺はね」
「お前ら――自分の実力不足で落ち込んだことはないのか……」
 関が地獄の底から這い上るような声で訊く。リョーマは即答した。
「ないね」
「俺もない」
「跡部さんは少し落ち込んだ方がいいと思いますよ」
「俺が? どうして?」
 跡部はリョーマにテニスの試合で負けたことがある。しかし、跡部はそれをすっかり忘れているようだ。都合の良い頭である。
「関さんも跡部さんくらい脳天気だといいんですけれどね」
 リョーマは溜息混じりに呟く。跡部は「あーん?」と応えた。
「なぁなぁ、王様。ワイ、何食ってもええんか?」
「いいぜー。シャトーブリアンでもおごってやる。ここにはそんな肉ねぇようだがな。――金太郎には後で本物のシャトーブリアン食わせてやっからな」
「ホンマか?! 王様って太っ腹やな」
「当然だ」
 どうしてかわからないが意気投合したらしい跡部と金太郎にも、リョーマは腹を立てている。
(新人のクセに跡部さんに馴れ馴れしくして――)
 けれど、金太郎はリョーマにもフレンドリーだ。だから、いまいち金太郎を責める気にはなれないでいる。怒りの矛先は跡部に向く。
(もう、今日はがっつり食ってやる! 跡部さんも少しは困ればいいんだ)
 関が話をし始める。
「……リョー、ケイ。お前らには言わなんだが、俺、マネージャーになる時、榊先生に言ったんだよ。――『リョーとケイの二人を必ず世界一のアーティストにしてみせます』ってな」
「ああ。俺達の実力ならそれが出来る」
 そう言って跡部は隣にいるリョーマの肩を抱く。リョーマはドキン、とした。そして慌ててこくこくと頷いた。楓が跡部を睨む。
「ところがな――強力なライバルがここにいる」
 そう言うと関は割り箸で金太郎を指す。
「え? ワイ?」
「これ見てくれ」
 関はスマホを取り出す。リョーマ、跡部、楓が覗き込む。画面いっぱいに金太郎の動く姿が映る。歌も上手い。ダンスも上手い。リズム感もある。
「イェーイ!」
 画面の中の金太郎はノリにノッている。
「腰のキレがすごいな」
 跡部も賞賛する。
「跡部……お前これ観て何とも思わないか?」
「へ? だって、これ金太郎が映っているだけだろ?」
「まだわからないのか! 金太郎はお前らのライバルになるかもしれないって言ってんだよ!」
「何や。そんなことかいな」
 オサムが口を挟む。
「だからさぁ、関ちゃんは考え過ぎやって。リョーとケイがまだ海の物とも山の物ともつかないうちから……金ちゃんもまだまだ知名度ないけどま、金ちゃんは世界一になってもおかしくないやね。だってバックに俺がついとるから」
「その根拠のない自信、関さんにも分けて欲しいっス」
「リョー。お前、俺の自信が根拠のない物と言い切れるんか? ん?」
 確かに画面で観ても金太郎のダンスは溌溂として生気が漲っている。このダンスなら世界でも通用するかもしれない。オサムだってあだやおろそかに『俺がついている』と宣言した訳でもなさそうだ。
「でも、俺にはケイがいるから……」
「おう。二人で世界一になろうな。リョー」
「ウィッス」
 跡部の笑みにリョーマも自分の口元が緩むのがわかった。楓が恨みがましい調子で言う。
「俺のことも忘れないでくださいよ。リョーさん。俺、ほんとはリョーさんと組みたかったんですからね!」
「はいはい」
 リョーマはぽすっと置いていた帽子を被った。
「ケイさん! リョーさんのことは俺が奪うから覚悟してください!」
「なめんなよ、ガキが」
「俺、悪いけどケイ以外の人とは組まないし歌わないから!」
「――おやおや、あっちではまた別のバトルが勃発しとるなぁ。なぁ、関ちゃん、ガキらはいつもああなんや。仲良くなって喧嘩して、んでまた仲直りをする。俺らだけ心配するだけ損やで」
「……そうだな」
 関が立ち上がった。
「関宏光! このビールを一気飲みします!」
「あ、それ俺のビール……」
 オサムの文句も何のその。金太郎と楓など拍手して音頭を取っている。
「イェーイ! 関さんのええとこ見てみたい! そぉれイッキイッキ!」
「ぷはぁ!」
 関はビールを飲み干した。
「また……関さん吹っ切れたようっスね」
「まぁな。空元気じゃねぇといいけど」
 リョーマと跡部――いや、リョーとケイが話し合う。
「ま、空元気でもあれだけ張り切れるなら十分じゃねぇの?」
「そうっスね。明日二日酔いになられても困るけど」
「ん~、何か言ったか、リョーとケイ」
「大したことは言ってないっスよ。俺達」
「明日から忙しくなるぜ! 敏腕マネージャーの関の腕をなめんなよ! そんで目標はマイケル・ジャクソンだ!」
 何だか言っていることが滅茶苦茶である。もう酔ったのかもしれない。
「これはこれで傍迷惑だな――」
 跡部の言葉に関と金太郎以外の全員が首肯した。

「リョー、ケイ、これ見てくれ!」
 自称敏腕マネージャーとして生き甲斐を取り戻した関はタイムスケジュールをリョーマと跡部に渡した。二日酔いなどどこ吹く風である。
「ゲッ! 何だこれ!」
「これじゃテニスする時間ないじゃん!」
「ああ。これ、テニス少年のドラマね。ライバルだったリョーとケイがテニスを通じて心を開いて行くの。テニスシーンもあるから安心していいよ」
「ドラマのテニスと実際のテニスはかなり違うんだけどなぁ……」
 リョーマが些か困惑していると――。
「金太郎と試合もできるぞ」
「――やだなぁ」
 リョーマは顔をしかめた。浪速のゴンタクレはあまりリョーマの気に入らなかった。確かに悪い子ではないし、才能もあるのかもしれないが。
「関さん、アンタ、渡邊さんと仲悪かったんじゃなかったの?」
「いやあ、オサムちゃんは話のわかる人だね。あの後語り合ったんだが、すぐに打ち解けたよ」
 どうせその時アルコールが入っていたに違いない。関なんて既にビールをジョッキ数杯は空けていたし。
 関が笑っている。リョーマとしては、自分達が金太郎とこれ以上無理矢理組ませられることがないよう、願うばかりであった。

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2017.8.28

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