リョーとケイのアイドルユニット 4

 リョーとケイのアイドルユニット、『tapestry』はぐんぐん人気が上がっていった。
 そんなことはリョー、越前リョーマにとっては何と言うこともないことではあったが。
 それよりも、リョーマはケイ――跡部景吾と早くテニスをしたかったのであるが。
 しかし、隣で歌って踊るケイを見るのも悪くないので、その点は一応保留にしておいた。
「リョーさん!」
 声をかけて来たのは明星(みょうじょう)楓である。リョーマ達のアイドル仲間である。リョーマと同じ、中一の男子。
「楓さん……」
「やだなぁ、楓でいいって言ったじゃん。今日もすっごく最高でした! リョーさんとケイさんのダンス、毎回しっかり録画してますからね!」
「ああ……ありがと」
 楓はこの世界ではリョーとケイの先輩格だ。けれど、この少年はリョーとケイ――とりわけリョーに心酔しきってしまっている。
「おい、楓」
 跡部が楓にチョップを食らわした。
「うう……何ですか、ケイさん……」
 余程痛かったのだろう。楓が涙目になっている。
「うるせぇ。リョーマが嫌がってるだろ」
(跡部さん――俺の為に)
 一瞬リョーマの心臓がキュンとなった。楓のことばかり笑えない。
「んもう、ケイさんたらわかってない。この人は今はリョーなの! リョーマじゃないの! 俺はね、リョーさんに感動したことを伝えたくて――」
「――失せろ」
「はぁい」
 ちょうど楓のマネージャーが呼んでいるところだ。楓はリョー達に手を振った。
「ま、悪い奴じゃないんだけどな」
「そうっスね。あ、ちょっと話があるんスけど――これ見てください」
 リョーマは跡部に手紙を見せる。文字を切り張りしている。
「んだぁ? 脅迫状か? なになに――『リョー、俺はいつでもお前を見てる』……何だこりゃ。楓みたいなこと言いやがって」
「何だかよくわからない文面ですよね。脅迫したいのか行き過ぎたファンレターなのかもよくわからないし。――それに、跡部さん、その台詞、楓さんに失礼っスよ」
「事実じゃねぇか」
「楓さんはこんなことしません。裏表のない人だから」
「それもそうだな。こんな陰湿な手紙、あいつなら作らないだろうからな。その手紙、捨てといてやるか?」
「――持ってるっス。何かの機会に役に立つかもしれないし」
 これが、今日の昼下がりのこと――。

「ここでいいのか?」
「うん。あまり車に頼ると体が鈍っちゃうしさ。じゃあね」
 リョーマは自分達のマネージャー関の車を降りると、跡部に別れを言ってそのまま歩き出した。
 ――後ろから人の気配がする。
 リョーマが止まると、その人影も止まる。リョーマはだっと走り出した。
「よぉ、リョーマ、お帰り」
「親父……何か変な人に尾けられてる気がすんだけど――」
 そして、リョーマは父南次郎に脅迫状のことも話した。現物も見せた。
「それは、相方のボンボンには話したのか?」
「跡部さんは脅迫状のことは知ってる。不審者のことはまだだけど」
「――相談した方がいいんじゃねぇか?」
「うん」

 跡部景吾は越前家で話を聞いた後、ミカエルを呼んだ。ミカエルはすぐに来た。重そうな装置を携えて。
「どうしてミカエルさんを連れて来たんですか?」
「しっ」
 ピー、ピー。
 何とも間の抜けた音が聴こえた。
「――坊ちゃまの言う通りでした」
「やはりな――おい、この家には盗聴器が仕掛けられてるぞ」
「何だって?!」
 リョーマは目を丸くした。心当たりは全然ない。盗聴器は三個。ミカエルが回収した。
 リョーマは怖くなったが、そんな素振りを跡部に晒してはいけない。だが、跡部はリョーマの心を見抜いたかの如く、
「俺様が傍についててやる」
 と言ってくれた。
 脅迫状の主と盗聴器を仕掛けたのは同じ人物なんだろうか――。

 それから、しばらく跡部とリョーマは行動を共にすることが多くなった。しかし、リョーマは不審者の気配をいつも感じるようになっていた。
「どうだ? リョーマ」
「――まだいるっス」
「こんなんじゃ埒が開かねぇな……警察に通報するか? それとも、手っ取り早く片づけたいって言うんなら、俺様にも作戦はあるけどな」
「――跡部さんに任せるっス」
「……お前にも危害が及ぶかも知れねぇけど、それでも?」
「――ウィッス」

 リョーマは一人で夜道を歩いていた。
(俺の命、預けましたよ。跡部さん)
 予想通り、不審人物が後からついて来た。跡部のおかげでお預けを食らっていたせいなのかいつもより傍近くで自分を見ているようだ。少なくともそう感じられる。はぁはぁと荒い息まで聴こえて来そうだ。怖い。怖い怖い怖い――。
 これが誰だかわかっていたら、もし危ない目に遭おうとしている瞬間でもここまでの恐怖は感じなかったかもしれない。リョーマを襲ったのは正体不明の存在が齎す意志――好意だろうと悪意だろうと――に対する恐れそれ自体であった。
 助けて跡部さん――リョーマはぎゅっと目を瞑った。
「おっと」
 跡部が不審者の手を捻じり上げた。青いパーカーにサングラスとマスクをした男だった。
「柿崎昇。31歳。電気工。趣味は美少年アイドルの追っかけ。――そうだな?」
「な、何でそこまで……」
「ミカエルに頼んで調べてもらった。――リョーマのストーカーをやるとはな。今回は見逃すが、次はないと思え」
 跡部がドスの利いた声で脅した。跡部が放してやると、柿崎は一目散に逃げてしまった。
「ふん」
 跡部がパンパンと手をはたく。
「跡部さん、大丈夫っスか? その――」
「ああ、あいつのことか。あいつの友人の証言によれば、結構気の小せぇ奴みてぇだから、もうお前に付き纏うなんてことはしねぇだろ。――因みに脅迫状を送ったのも盗聴器を仕掛けたのも奴だ」
「でも、窮鼠猫を噛むって言うし――今度は跡部さんにもし何かあったら……」
「お前、的確な諺が出るようになったな」
「茶化さないでください。不二先輩から教わったんスよ」
「――いい先輩がいて良かったな」
 跡部がリョーマの頭を軽く撫でた。
「どうして柿崎とか言う男のこと、わかったんスか?」
「ミカエルに頼んで調べてもらった。――二度も同じこと言わせんな。またあいつがストーキングするようだったらその時こそ警察に任せよう」
「ウィッス」

「リョーさーん!」
 テレビ局に着くと、楓がリョーマに抱き着いた。
「今日、仕事が終わったらデートしてくれるんだって? 嬉しいです!」
「あのー……跡部さん、これは?」
「ああ、楓の奴、あんまりうるせぇんで、一日だけお前のこと貸してやるって言ってやったんだ」
「ケイさんはいい人です!」
 楓が断言した。
 恨みますよ、跡部さん。今度は跡部さんにデートに付き合ってもらいますからね――リョーマはそう言いたげに跡部に視線を寄越す。
 跡部は実に晴れ晴れとした笑顔で、楓に付き纏われているリョーマに手を振った。

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2017.8.8

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