リョーとケイのアイドルユニット 2

 越前リョーマの乗った車が家に着くと、父南次郎と母倫子が迎えに来てくれた。
「どうも。榊先生」
「いえいえ。越前君も大変ご活躍なさってくれて」
「ははっ。そりゃあ、俺達の息子ですから」
 南次郎は得意そうだ。倫子はくすくす笑っている。
「リョーマ、眠そうね。菜々子さんが夜食作って待ってるわよ。でも、明日にする?」
「――ん。夜食ぐらい食べられるよ」
「リョーマ」
 跡部が声をかけた。
「今日も最高だったぜ」
「――ん。お休み。跡部さん」
「お休み」
 跡部景吾は優しい声で答えた。
 リョーマは顔が赤く火照ってないかと気にしていた。

 十一月。木枯らし寒い季節。
「何スか? 榊先生。急に呼び出して」
「ん? 迷惑だったか? 済まないな」
「そうじゃないっスけど……」
 まだ眠気が飛んでないな……そう思ってリョーマは欠伸をした。
「でっけぇ口」
 隣りの跡部が笑った。リョーマはムッとする。
「ほっといてください」
 榊のジャガーが渋谷を走る。彼は邪魔にならないところに車を止めた。
「――そろそろだな」
「何が」
「まぁ、見てなさい」
 時計の針が正午を指した。
 突然――。
 リョーとケイの歌っている姿が大画面に浮かんだ。
「何だよ、これ!」
 跡部も驚いている。リョーマは夢中で魅入っていた。
(跡部さん――綺麗)
 自分のことは考えず、リョーマはただケイだけを目で追っていた。

 翌日、学校に来たリョーマを待っていたのは、沢山の人間だった。リョーマは人波にもみくちゃにされた。
「すごーい! 本物のリョーだ~」
「リョーマくん、私もニュース見たよ~。すごかったねぇ」
「渋谷のど真ん中で歌っていたんだもんな~」
「わっ、皆……ちょっと待ってよ」
 リョーマが柄にもなく慌てる。
「えー、ごほん」
 リョーマのテニス部仲間、堀尾が咳払いをした。
「そういうことはだね、マネージャーの俺を通してからだね……」
 いつからお前は俺のマネージャーになったんだ!
 リョーマが心の中で叫ぶ。
「はいはい、どいてどいて」
 竜崎スミレが人波を分けて近付いてきた。
「良かったよ。リョーマ。リョーの方がいいかい?」
「――今まで通りでいいっス」
「済まんな。リョーマ。先に謝らせてもらうよ」
「――どうしてですか?」
「お前がアイドルになったから――これからテニスする時間が減ると思うとね」
 しかも全国区のアイドルである。リョーマがテニス馬鹿なのはスミレも知っている。竜崎スミレはテニス部の顧問なのだ。
「いいっス。アイドルである俺とテニス選手である俺。どっちもやればいいだけの話でしょ?」
「そう上手く行くといいけどね……おや、桜乃」
「おばあちゃん……」
 スミレの孫の竜崎桜乃である。
「竜崎……」
「あの……リョーマくん、これからも頑張ってね」
 そう言って桜乃はだっと走り去る。
「何だろう……あれ」
「お前、わからないのかい? テニスのセンスは鋭いくせに、こういうことには鈍い子だね」
「はぁ……」
 リョーマはそれ以上追及しなかった。
 これからも、跡部さんと歌えるんだな。
 そう思うとわくわくしてきた。――今なら、テニスの相手もしてくれるかな。
 だが、リョーマを待っていたのは予想以上に過酷な日々であった。

「良かったよ。リョー。ケイ」
 榊が労ってくれた。
「ありがとうございます。榊先生」
「友人に君達を紹介して良かった。皆喜んでいる。あいつも嬉しい悲鳴を上げていることだろう」
「俺ら、テニスしていいですか?」
「これからかい? 随分体力あるね」
「俺、鍛えてるもんで」
「いいよ。テニスの方も頑張るんだぞ。おっ、電話だ――もしもし」
 榊はいつも忙しそうだ。しかも、その状況を楽しんでいる。
「跡部さん、来てください」
「おう」

 アイドル活動の時はテニスラケットを持っていないので、道具の貸し出しをしているテニスコートに行く。本当は自分のラケットの方がしっくり来るのであるが。
 そしてラリーを始める。跡部とのテニスの腕はほぼ互角なので、充分楽しむことができる。
「やるじゃん、跡部さん」
「はっ、ナマ言いやがって」
 そう言いながらも跡部は嬉しそうだ。リョーマの生意気なところも好もしく思っているらしい。
(俺が跡部さんを好きだって言ったら、跡部さん、どう思うかな)
 そう思いながら、リョーマはボールを打ち返す。
 けれど、跡部には他に好きな人がいるようで――。
「おらよっ!」
 一瞬隙が出来たらしい。跡部の打ち返したボールがリョーマ側のコートでバウンドした。
「今んとこ俺様がリードしてるな。リョーマ」
「……にゃろう」
 審判がいないのでセルフジャッジである。しかし、跡部は佐々部のように卑怯者ではない。だから、リョーマも気持ちよく打てた。
「それとも、いちいち点数数えなくていいか?」
「そっスね」
 リョーマは跡部の好きな人――樺地崇弘のことを考えていた。
 茫洋とした草食恐竜のような、優しくて大きい、包容力のある男の人。跡部より一つ下。
 跡部は樺地を従えているように見せて、実は樺地に甘えている。リョーマも樺地は嫌いではない。樺地の「ばああああう!」という独特の掛け声はリョーマも真似する時がある。
 俺は、樺地さんみたくなりたかったんだ――。

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2017.7.21

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