リョーとケイのアイドルユニット 10

「ほい、タオル。予備の持って来たから」
 跡部景吾が越前リョーマに新品のタオルを渡す。
「――ありがと」
「あのなぁ、リョーマ。知ってるか? 例のドラマ放映が終わったら、俺達のユニットは解散するってこと」
「例の……」
「ああ。事務所の人間や先生達が相談してな、そういうことに決まったらしい」
「そうっスか――」
 スミレには愚痴をこぼしたものの、もう跡部――いや、ケイのあのダンスも腹チラも見れないとなると少し寂しい。関はどんな感じなのだろうか。立ち直ってからはやたら張り切っていたが――。
 関達と別れるのも寂しい。情が移ってしまったのだろうか。自分はアイドル活動なんか辞めたい、跡部がいなかったらいつでも辞めてやるのに――と思っていたけれど。
(――センチメンタルになるなんて、俺もまだまだだね)
「――わかった。今までありがとう。跡部さん」
「それだけか?」
「まだ何か望みでも?」
「お前がクールなのは今更だし、驚きゃしねぇけど……それじゃ冷た過ぎんだろ」
(……言わないでよ。別れが辛くなるから)
 例えば忍足とか――樺地とかだと跡部は好きなだけ愁嘆場を演じられる訳か。
 笑っちゃうね。
「今まで俺に文句ひとつ言わず一緒に仕事してくださってありがとうございます。おかげで少しですがギャラも出ました」
「それで親孝行でもしてやるんだな」
「――跡部さんこそ」
「俺の家はいいんだよ。金なんて余ってるぐらいあるし」
「――ま、それはそうでしょうね」
 跡部景吾は跡部財閥の御曹司だ。――何で未だに財閥なんてものがあるのかはさておくとして。
「でも、あんま働いたことないから、新鮮だったぜ」
 跡部が横を向いた。鼻筋が通っている。
「俺も――結構楽しいこともあったね」
 関さん。明星楓、遠山金太郎――皆大事な仲間だ。仲間の名前だったらいくらでも挙げることが出来るだろう。
 跡部と過ごした月日は勉強になった。
 彼と直接試合をしたのは全国大会の時である。リョーマは跡部に辛勝した。公式の直接対決は今のところそれだけである。
 跡部とのテニスは楽しい。シングルスの場合でだが。
「俺、実は楽しみで仕方ねぇんだ。お前とダブルス組むの」
「ふーん……」
 そう言われては無碍には出来ない。それに、自分の殻を破るチャンスかもしれないとリョーマも思えたのだ。
 負けた方は頭を丸める。それが以前の全国大会の試合前に二人で決めたルールだった。リョーマは跡部を坊主にしてやろうと思った。だが、出来なかった。
 ――跡部が……立ち上がって気を失って尚、コートに君臨する姿が美し過ぎて。
 リョーマは……跡部に試合で勝って勝負で負けた。結局跡部はベリーショートになった。
(跡部さん……!)
 リョーマは既に心惹かれていたのだ。あの時から。リョーマは自分の帽子のつばを下げる。
「じゃ、俺、行きます。俺も――アンタとならダブルス、いけそうっス」
 リョーマはぼそぼそと喋った。気を緩めると泣いてしまいそうだから。
「じゃあな。リョーマ」
「うん……じゃ……」
 リョーマは言葉少なに返した。
 リョーマが振り向くと、跡部が「ん?」と言いたげに顔を傾げた。
(やっぱり……跡部さんはいい男だ)
 跡部ほどいい男はたった一人を除いて他にはいない。――そのたった一人というのが、青学の手塚国光だ。
 跡部と手塚。似ていないようで実は数々の共通点がある。
 彼らが戦う姿をもう一度見てみたい。それは純粋なファン心理であった。例え、どちらが倒れようと。
 手塚は同じ学校に通う不二周助が好きで、不二も密かに手塚を想っている――それはさておき。
(ま、俺には関係な……)
 そこまで考えて涙が込み上げて来た。
(――関係なくなんかなかったんだ! 俺は、手塚部長や跡部さんに負けない男になりたかったんだ!)
 そこで、涙がこぼれた。雨まで降って来た。
「何で……こんな時に……」
「リョーマ!」
 跡部の声だ。リョーマは振り向いた。本当は振り向いてはいけないのかもしれない。未練が残るから――。跡部は傘をさしていた。
「跡部さん……」
 リョーマは突然の驟雨に感謝をした。でなければ泣いてしまうのが跡部にわかってしまうから。
「また――ラリーしような」
「……試合もしたいっスね。今度は丸坊主っスか?」
「いや。あれには懲りた」
 リョーマは笑いながら頷いた。青学でも隠れ跡部ファンから嫌がらせを受けたりもしたのだ。そのことは水に流したつもりだが、忘れることは出来ない。
「傘貸してやる。濡れるだろ」
「え? でも跡部さんは――?」
 皆まで言わせず、跡部は傘をリョーマに渡すと走って行った。
 本当は優しい男なのだ。跡部も。少し不器用な感じはするが。
(跡部さん、俺、アンタに惚れ直したようだよ――)
 ――不器用なのはリョーマも同じようだった。

「行っくでー! コシマエ!」
「何で俺がこんな奴と……」
 相変わらず元気いっぱいの金太郎に無理に組ませられた楓。
「メイセイ。元気出しー」
「俺の元気のねぇのはてめぇのせいだっつの。――ったく。俺もリョーさんと組みたかったっス」
 ドラマ撮影が始まってすぐ、リョーマ達はテニスコートに集合させられた。結果は――。
「あ~あ」
「こんなのって……使えん画だな」
 監督達が揃って溜息を吐いた。
「おい、関ちゃん。何とかならないかい」
「はい、すみません――というか、君達にも意外な弱点があったんだねぇ……」
 関はテニスには疎い。シングルスとダブルス。二つの違いもわかっていたのか心許ない。流石に今は多少はわかるようになったようだが――。
 リョーマも金太郎も前よりはマシになっていたとはいえ、やはりダブルスプレイヤーとは言い難い。
「詐欺じゃねーの! リョーマに金太郎! シングルスは天才的でもダブルスはさっぱりなんて……来い! 俺様が指導してやる!」
「――頼んだよ。跡部君」
 プロデューサーが匙を投げた。
「あの――俺も……」
「あーん。お前もか。楓」
「俺もテニスはかじったことあるけど……リョーさんやケイさん程上手くないから……」
「当たり前だ。俺達は全国区プレイヤーだぞ」
「俺も、テニスは好きだけど、忙しくて辞めちゃったんです。ていうか、これからって時に無理矢理に辞めさせられたんです」
「んじゃ、素地は出来てる訳だな。ラケットの握り具合でわかることだがな」
「宜しくお願いします。リョーさん、ケイさん」
 楓の目は真剣だった。
「俺もメイセイとやるの楽しみやわ。メイセイは絶対強なるで~」
 金太郎も口添えした。リョーマと跡部がにっと笑った。
「じゃ、いっちょやりますか」
「俺様達の演技で雌猫どもの紅涙を絞らせてやる!」
 ドラマの骨子は感動モノというカテゴリーに入る。悲劇と思われるかもしれないが、実は最後には皆幸せになるのだ。
「おー!!!」
 四人は手を重ねた。――その日から、リョーマ達の秘密の特訓が行われた。ドラマの撮影や他の仕事の合間を縫いながら。

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2017.9.28

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