リョーとケイのアイドルユニット 1

「リョー!」
「ケイー!」
 女の子達の黄色い声が飛ぶ。
 地下アイドルのリョーとケイ。真の素顔は誰にもわからない。
「あー、今日もいっぱいだったね」
「五十人はいたかな」
「地下アイドルでは多い方かな」
「まぁ、ぽっと出だしな。俺ら」
 リョーとケイ。その二人の正体は、青春学園のテニス部期待のホープ越前リョーマと、氷帝学園のトップでキングと呼ばれている跡部景吾である。
「良かったよ。二人とも」
 榊太郎――この世界に二人を連れ込んだ氷帝の謎の音楽教師――が言う。
「えへへ、そうですか?」
「まぁ、俺様とお前なら当然だよな」
「だが、覚えておいてくれよ。まだ地下アイドルなんだからな。お前らは」
「でも、地下アイドルから正式に本格デビューするプランはあるんでしょ?」
「勿論だ」
 リョーマの問いに榊が頷く。
「そのプランも着々と進んでいる。そうだな……近々どーんと花火を上げるぞ」
「楽しみっスね」
「そうだな」
 跡部がくしゃっとリョーマの髪を撫でる。
「やめてくださいよぉ、跡部さん」
 そんな風にリョーマが言っても、跡部は堪えない。リョーマもこんな風に跡部と戯れることが出来て嬉しいのだ。
(何か、懐かしいな。こういうの)
 リョーマは思った。榊が質問する。
「越前君。君はアイドルになったことは親には言ったかい?」
「言ったっス」
「跡部は?」
「――まだ」
「どうして? あんまり秘密にしていると今後騒ぎになってもしらんぞ」
「まだ秘密にしておきたいと言ったのは榊先生じゃないですか!」
「でも、親御さんには言っておけと伝えたはずだ。どうして言わん」
「お……俺はアイドルなんてちゃらちゃらした仕事してると家の方から怒られるんだよ! 気楽なリョーマと違ってな」
「ふーん。跡部さん、親が怖いの」
「そ――そうじゃねぇ。何言ってんだリョーマ。ただ、俺は跡部財閥の次期当主で――」
「跡部さんが次期当主じゃ跡部財閥の未来も暗いね」
「何だと!」
「まぁまぁ、喧嘩はよすんだ、二人とも。もう遅いから私が送ってあげよう」
 榊は車を回してくれる。立派なジャガーだ。
「リョーマ、親は何と言っている」
 跡部が訊いてくる。
「ん――初めは半信半疑だったけど、今は喜んでくれてる」
「いいな。お前は自由で」
「気楽でって言いたいんでしょう? もうアンタの毒舌には慣れたっス」
「そうじゃなくてだな――」
「アンタ、いい声してるよ。アンタのおかげで俺の歌も映えるってもんです」
「それは――ま、褒め言葉と受け取っとくか。ふぁ~あ、ねむ……」
「褒め言葉以外の何物でもないでしょうが。そこのところは素直になってくれないと。跡部さんの声、よく通るし。だから俺も頑張んなきゃって――跡部さん?」
 ――跡部は眠っていた。いつの間に。のび太じゃあるまいし。
「もう――仕様がないな」
 リョーマが持っているもうひとつの秘密。これは多分榊も知らないこと。
 越前リョーマは跡部に恋している。
 リョーマは跡部の真ん中分けの髪から覗く額にキスしたくなった。そして、それを実行する。
「――ん」
 そんな声出さないでください、跡部さん。
「休ませてやりたまえ。越前君。それからシートベルトもちゃんとしたまえ」
「そうっスね。榊先生」
 生徒会長もやっている跡部は学校生活も多忙だ。これから、新会長に引き継ごうという時である。よく体がもつなぁ、とリョーマは感心していた。
 リョーマのテニス部の特訓も、それは厳しい物だったが。
 ――救いは、手塚元部長や海堂現部長がリョーマの取り巻く環境について飲み込んでいることか。
(無理はするな、越前)
(越前て歌上手いよな。今度カラオケで聞かせてくれよ)
 思いやりのあるいい仲間達。今、テニス部でリョーのことを知っているのは、手塚と海堂と竜崎先生こと竜崎スミレだが、三人とも好意を持って見守ってくれている。
 リョーが地下アイドルであることはまだ公にはしていない。
 アイドルになる――この話が来た時は、はっきり言ってリョーマは断ろうと思った。だが、それを引き受けようと思ったのは、跡部がいたからである。
(跡部さん……)
 スポットライトを浴びてきらきらしている跡部。確かに彼はスター性のある男だった。
 何故相棒に自分が選ばれたのか、リョーマにはわからない。
 ただ、リョーマは見ていたかった。きらきら輝く跡部景吾を。
(悪いこと、しちゃったかな――)
 リョーマは跡部の髪をど短髪にしたことがある。それで随分恨まれもした。跡部ファンから、脅迫状をもらったりもした。
 そんな時にリョーマを弁護したのは、誰あろう、跡部であった。
(あれは、リョーマと俺とで賭けをしたんだよ。あの時は俺様が負けた。それだけのことだ!)
 跡部がそう言ったから、リョーマへの嫌がらせが激減した――とは、情報屋岬の証言も裏付ける。
(アンタって意外と漢っスね)
(あーん? 俺様は事実を言ったまでだ)
 そう言うところが漢なんスよ。その台詞を飲み込んでリョーマは跡部の首にきゅっと抱き着いた。――それがひと月近く前のこと。彼らは氷帝の部室で思い切りいちゃいちゃしていた。
 本人達にそんな気がなくても、他の者が見ればいちゃついているようにしか見えなかったであろう――。

「アイドルぅ?」
「そうじゃ。榊が何を考えてか、お前達二人をアイドルに仕立て上げたいと」
「別に――興味ないっス」
 リョーマははたはたと被っていた帽子を振っている。
「そう言うと思っとったよ。でも、この条件を出せば、お前は間違いなく話に乗るはずだと榊は言っとった」
「どんな条件スか?」
 生意気さの残るルーキーを竜崎スミレは慈母の如く優しい目で眺めた。
「跡部景吾と――歌えることじゃよ」

(跡部さん、アンタが俺を変えた。……おかしいね。アンタの髪を刈った時――あの時は俺がアンタを変えたつもりだったのに)
 リョーマがまずは地下アイドルとしてデビューするという話を聞いて、父の南次郎は大笑い。母の倫子は、頑張ってね、と手を握ってくれた。従姉の菜々子も応援してくれている。
(跡部さん――アンタ、責任取ってくださいよ)
「わぁったよ」
 跡部の寝言にリョーマは飛び上がった。
「なっ、跡部さん! アンタってテレパス?!」
「あーん、何だよ、テレパスって……」
 跡部が眠い目を擦る。
「ああ、寝てたのか……んで、テレパスがどうしたって?」
「――何でもない」
「そうか――お前も少し、寝ろ。着いたら榊先生が起こしてくれるだろ」
 車が環八通りを走って行く。リョーマは絶対に眠れない、と思っていたのに、気が付いたのは榊が自分を揺さぶった時だった。

次へ→

2017.7.11

BACK/HOME