忍足クンと一匹の猫 8

「インスタにも写真あげとくか。どや、アトベ」
 猫アトベは忍足クンに向かって一声にゃあと鳴き、嬉しそうにポーズを決めます。宍戸クンも鳳クンも笑顔です。
「あはは、ええ子やなぁ。アトベ」
「にゃあ」
 そんな話をしていた時のこと――。急にインターフォンが鳴りました。
「誰や」
 忍足クンがドアを開けると、そこには赤いおかっぱの向日岳人クンが立っていました。
「何や。がっくんやないの。チョタや宍戸も来とるで。俺に会いに来たんか」
「馬鹿。アトベに会いに来たんだよ」
「そか……アトベはほんま、人気者やなぁ」
 飼い猫が褒められるのは何となく嬉しい感じがするものです。鳳クンと宍戸クンが玄関に走って来ました。――アトベも追って来ます。
「よお、岳人」
 宍戸クンが言います。
「今、アトベと一緒に遊んでたんだぜ。お前も来いよ」
「宍戸、ここは俺の家や……まぁ、岳人やったら大歓迎やけどな」
 忍足クンも続けます。「えへへ……」と、向日クンが笑いました。
「新しい動画観たぜ。なかなか可愛かったじゃねぇか」
「せやろ、せやろ。さぁ、中入り」

 ――しばらくして、またインターフォンが鳴りました。
「一体誰や。――今日は先客万来やな」
 アトベがゆっくり歩く忍足クンの足元をちょろちょろしています。忍足クンがドアを開けると――。
「やぁ、忍足クン」
「忍足って、俺も忍足なんやけど」
「ああ、そうか。――侑士クンの方や」
「白石……」
 四天宝寺中テニス部の白石蔵ノ介クンが立っていました。そして――。
「小春も一緒や」
「はぁい」
 眼鏡で老け顔の金色小春クンもいます。
「何で小春がここにおるん?」
「アトベくんにぃ、あ・い・た・く・て」
 小春クンは体をくねくねさせます。
「お前のホモップルの相方はどうしたんや」
「それがね、うちが『アトベ可愛いやん』と言ったら、ユウくん何て言ったと思う? 『浮気すんな。死なすど』って」
「猫相手に嫉妬か……」
 ――彼の言うユウくんと言うのは、小春クンのダブルスパートナーの一氏ユウジくんのことです。
 一氏クンはいつもつけているマスクを取れば文句なくイケメンです。どうして小春クンにベタ惚れなのかわかりません。
「そんで、ちょっと喧嘩したんや。もう~。ユウくんたらやきもち焼きなんやから……あぁん」
「小春言うたな……体くねくねさせんなや。気色悪い」
 忍足クンがズバリと言います。
「まぁ、そう言わんと、仲よくやりぃ」
 白石クンが穏便に事を運ぼうとします。
「大丈夫、うちは慣れとるから」
「いや、慣れるのもどうかと思うけどなぁ」
「俺もそう思うんやけど……」
 そう言ったのは、謙也クンです。
「しかし何やお前ら、ぞろぞろと……四天宝寺も今日は休みなのか?」
「今日は土曜やろ? 月曜は創立記念日なんや」
「なるほど。三連休ちゅう訳やな」
「ワイもおるで」
 幼い声が聴こえました。悪い予感がする……というか、悪い予感しかしません。
「金太郎!」
「ワイもアトベに会いに来たで~」
「にゃう~ん」
「アトベ、ええ子やねん。ワイが飼うたるで~」
「ダメや。金ちゃん」
「四天宝寺のヤツら、騒がしいなぁ」
 宍戸クンが、鳳クン向日クンと一緒に玄関まで戻って来ました。
「賑やかでええやろ。宍戸クン。――鳳クンに向日クンも来てたんか」
「ま、白石、会えて嬉しいぜ。今日は百八式の人やマスクの人はいねぇの?」
 白石クンに手を差し出しながら向日クンが言います。白石クンがその手を取って握手しました。
「ん~、アトベに会いに行こうとしたら何となくこうなっただけの話や」
「結構な人数になったなぁ。お菓子足りないやんけ」
「いや……そう言う問題じゃねぇと思うけど」
 忍足クンの図太さに宍戸クンは呆れています。しかし、四天宝寺の人達と付き合うにはどこか図太くないといけないのかもしれません。
「ほれ、謙也。動画や動画」
 忍足クンが促します。
「もう撮っとるで。準備の速さもスーパースターっちゅう話や」
 忍足謙也クンは浪速のスピードスターと呼ばれています。忍足クンに言わせれば、「ただせっかちなだけや」とのことですが、テニスの腕前は侮れません。
「アトベと金ちゃん、ほんまかわええなぁ。眺めているだけで絶頂(エクスタシー)や」
「白石……変な言葉アトベに教えんなや」
「カブリエルにも使うで。エクスタシー」
「カブリエルって何や」
「カブト虫や!」
 ――もうこいつらはほっとこ。忍足クンはそう思いました。
「アトベ~、アトベ~」
「な~ん、な~ん」
 遠山金太郎クンはアトベと意気投合したみたいです。
「金太郎……すっかりアトベと仲良うなったな。精神レベルが一緒やからかな。――ほな、俺買い物行って来るわ」
「あ、忍足! おめぇ一人で逃げる気だな」
「ええやん。宍戸クン。うちが相手したるさかい」
「金色! お前の相手は一氏しかいねぇよ。おい、待てよ、忍足……」
「こんなにいっぱいの客が来たらおもてなしせなあかんやろ。世話好きの大阪人の血が騒ぐんや」
「ここは東京だぜ」
「いいじゃん。俺達も行こうぜ」
 向日クンが宍戸クンの背中をぐいぐい押してきます。
「おい、向日……止めろよ。長太郎」
「向日さんに逆らえない宍戸さん、可愛いです」
「どこが可愛いんだよ……おい、長太郎、撮るなってば」
 忍足クンはそんなやり取りを交わしている鳳クン達にも背を向け、アトベに言いました。
「おい、アトベ。行くで」
「嫌や。ワイ、アトベと遊ぶ~」
「わかったわかった。金太郎はアトベと一緒に来いや。――途中で越前にも会うかもな。近所の親戚の家に遊びに来とるっちゅう話やもんな」
 尤も、越前リョーマくんのお目当てはアトベです。リョーマくんの飼い猫、カルピンとも一緒に遊べたらなと、忍足クンは思います。アトベとカルピンは仲良しなのです。
 リョーマくんは猫アトベをしきりに欲しがるのが玉に瑕ですが。
「よしわかった! こうなったら皆行くで!」
 流石四天宝寺中テニス部部長の白石蔵ノ介クンです。すっかり皆を仕切ってしまっています。
「コシマエに会えるん?」
 金太郎クンが目を輝かせました。

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2017.12.29

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