忍足クンと一匹の猫 7

 忍足侑士クンが飼い猫のアトベと部屋で遊んでいると、電話がかかってきました。
「あー、もしもし? 何や。鳳か」
「はい。これから遊びに行ってもいいですか?」
「構へんよ」
 鳳長太郎クンは忍足クンのテニス部の後輩です。
「それで……宍戸さんも一緒でいいですか?」
 宍戸亮クンは鳳クンのダブルスのパートナです。
「ええけど……あいつがうちに来るなんて珍しいな」
「そうですか?」
「ああ――今年の正月以来や」
「そうですか……かなり経ってますね」
「別にええよ。歓迎するわ」
「良かったー」
 鳳クンは心の底から安堵を覚えたようです。
「実は、宍戸さんはアトベに会いたいんですよね~」
『余計なこと言うな! 長太郎!』と言う声が響いてきました。
「聞こえてるて、宍戸……」
 二人は今まで一緒にいたのだろうか――ふと、そんな疑問が忍足クンに湧いてきました。
「まぁ、そんな訳ですから――いつお邪魔したらいいでしょうか」
「いつでもええで」
「ありがとうございます」
 鳳クンが電話を切りました。鳳クンは礼儀正しい、いい後輩です。宍戸クンは忍足クンの同い年の友人です。宍戸クンと忍足クンは中学校三年生です。
 鳳クンは、そのうち宍戸クンと離れ離れになると嘆いていました。別に学校が離れる訳でないからええのになぁ、と、忍足クンは思います。氷帝学園には高等部もあるのです。
 ただ、氷帝学園は広いので、高等部と中等部で物理的な距離はあくかもしれませんが――。二人ともテニスを続けていれば、高等部のテニス部でまた一緒になれるでしょうし。
「アトベ。お前のダチが来るで」
「にゃおん」
 アトベも嬉しそうです。
「アトベはほんま素直でええなぁ。人間の跡部と違って」
 人間の跡部とは、跡部景吾クンのことです。ナルシストで傲慢で――でも、どこかドジで可愛らしいところもある跡部財閥の御曹司です。そんな跡部クンのことが忍足クンも好きなのです。実は。
 忍足クンは猫のアトベを優しく撫でてあげました。
「せや。ちょっと菓子でもないか見てくるわ」
「にゃん」
 忍足クンは冷蔵庫を覗き込みます。
「おお、水ようかんがあったな。良かった良かった。猫用のおやつもあるしな」
 忍足クンが言いました。アトベも目をきらきらさせています。
「それにしても、宍戸が猫好きなんて意外やったわぁ」
 もう短い付き合いとは言えないが、知らないこともあったと言う訳です。

 プルルルル。――インターフォンが鳴りました。
 宍戸クンと鳳クンです。
「宍戸にチョタ。さぁ、上がれ」
「にゃあん」
 猫アトベが駆け寄って来ます。
「よ、よぉ……」
 宍戸クンが照れ臭そうにしています。アトベが宍戸クンの方を向いて首を傾げています。
「俺達、アトベにおもちゃ買って来たんですよ。食べ物は何与えているのかわからないから」
「流石の気遣いやな。チョタ」
「当然のことをしたまでです。あ、お金は宍戸さんが払いましたよ」
「そんなこといちいち報告しなくていいだろう、長太郎」
「えへへ。つい口が滑ってしまいました」
 鳳クンは頭をぽりぽりと掻きます。
「越前さんも猫飼ってたから、聞いてみたら何かアドバイスもらえたかな。今思ったんだけど」
「鳳と宍戸が選んでくれたものでええよ。アトベ、新しいおもちゃやって。二人とも、俺の部屋に来るか?」
「はい。お邪魔します」
「お、おう……」
 鳳クンと宍戸クンが忍足クンの部屋に行きました。
 因みにおもちゃはキジ羽根です。
「アトベ、ほ~ら、こっちやで~」
 アトベは懸命にキジ羽根にじゃれつきます。
「宍戸もやるか?」
 実は、さっきから羨ましそうにアトベと遊ぶ忍足クンのことを眺めていた宍戸クンでした。
「いいのか?」
「何や。その為に来たんやろ」
「はい。そうですよね。宍戸さん」
「ああ。でなきゃ忍足のところなんて来ねぇよ」
「正直な感想やな。宍戸」
 忍足クンは思わずぷっと笑ってしまいました。アトベにいい友達ができたことを喜んでもいる忍足クンです。微笑ましく宍戸クンとアトベを見ています。
 鳳クンはカメラを向けています。
「なっ……こんなところでカメラ向けんな、長太郎!」
「えー? せっかくのベストショットなのにですか?」
「撮るんなら……アトベだけにしろ」
「嫌です。宍戸さんも可愛いんですから」
「可愛いってあのなぁ……俺は一応お前の先輩なの!」
 宍戸クンが鳳クンにびしっと指を突きつけます。鳳クンがパシャッとカメラのシャッターを押します。
「ふふ……この写真は宝物ですね」
「だから、撮るなって言ってるだろう、長太郎」
 あ、何か痴話喧嘩が始まりよったわ――忍足クンは一旦部屋を後にしています。二人はアトベと勝手に遊んでいることでしょう。
「おやつでも持ってくか」
 何となく手落ち無沙汰になった忍足クンが呟きます。
 宍戸クンと鳳クンんは水ようかんとジュースを、アトベには猫用クッキーを持っていきます。

「ほーれほれ」
「にゃあ、にゃあ」
 宍戸クンが差し出したおもちゃにはしゃいでいるアトベがいます。鳳クンは相変わらずカメラのシャッターをパシャパシャ切っています。
「何や。もうあんなに仲良くなったんかい」
「宍戸さんは猫好きですもんねぇ」
 鳳クンがやに下がっています。――宍戸クンも鳳クンも言い争いはやめたようです。というよりも、宍戸クンが矛を収めたと言う方が正しいでしょうか。
「犬も悪くねぇよな」
 宍戸クンがすっかりいつもの調子に戻って答えています。宍戸クンは、少し口は悪いけど、なかなかいい漢なのです。鳳クンもそこが良くて、プライベートでも付き合っているのでしょう。
「ていうか、宍戸さんは動物ならみんな好きなんですよねぇ」
 自慢げに言う鳳クンに、
「ほな、蜘蛛とかゴキブリも好きなんか?」
 と訊きたくなった忍足クンでしたが、あまりにも子供っぽいのでやめておきました。代わりにこう言います。
「いっぱい遊んでもろて良かったなぁ。アトベ。宍戸、チョタ。おやつや。アトベにも」
「ありがとうございます。忍足さん」
 鳳クンが礼儀正しくお礼を言います。
「あんがとよ。忍足」
 宍戸クンにも礼を言われ、忍足クンも満更でもありません。
「アトベにおやつやっか? 宍戸」
 宍戸クンは自分が食べるのはそこそこに、アトベにおやつをやっています。忍足クンも動画を撮り始めました。――後で二人にも見せるという条件付きで、です。

次へ→

2017.12.19

BACK/HOME