忍足クンと一匹の猫 6

「アトベちゃ~ん」
「アトベ~」
「アトベく~ん。こっち向いて~」
 忍足クンの飼っている小さな猫アトベはテレビに動画が流れてからたちまち皆の人気者になりました。よく写真や動画も撮られます。
「テレビの影響力ってすごいねんなぁ……」
「そうっスね」
 越前リョーマくんがいつもの如く答えます。
「カルピ~ン」
「カルピンとアトベくんの写真撮らせて~」
 カルピンも人気者です。この二匹は前から巷の猫マニアの間では密かに人気でしたが。
「ほあら~」
「にゃう~ん」
 カルピンはマイペースです。アトベは皆に注目されてご満悦です。
「物怖じしないところは本家本元の跡部にそっくりやな」
 忍足クンはついアトベと、友人の跡部景吾クンを重ねて見てしまいます。カルピンもいつも通りアトベと遊んでいます。
「ねぇ、忍足さん」
「ダメや」
 リョーマくんの呼びかけを忍足クンは言下に遮断します。
「――まだ何も言ってないのに」
「アトベをくれとか言うんやろ」
「忍足さんエスパー?」
「いつも言われていることやねん」
「だってさ。カルピンもアトベもこんなに仲良しなのに、仲引き裂くの可哀想じゃん」
「だったらカルピンが忍足家に来ればええ」
「いやっス。カルピンは俺のものっス」
「ほなアトベは俺の猫や」
 リョーマくんと忍足クンの間に火花が飛び散ります。ここまでは割と普段からよく見かける光景でしたが――。
 アトベがリョーマくんの傍に来ました。リョーマくんがアトベを撫でようと手を伸ばすと――。
 ペロッ。
 アトベがリョーマくんの手の甲を舐めました。
「!!!!!!」
 リョーマくんに衝撃が走ったようです。
「ね、ねぇ、忍足さん……アトベって男たらしって言われない?」
「アホ言うなや。オス誘惑してどないすんねん。なぁ、アトベ」
「にゃあん?」
 アトベはこてんと首を傾げた。
「おうおう、アトベはええ子やなぁ。こっち来いや」
 アトベは忍足クンの懐に飛び込みました。ギャラリーがわっと湧いてカメラの音がひと際大きく響きます。嬌声も聞こえます。
「にゃあん、にゃあん」
 アトベは愛想を振り撒きます。カルピンはどこかに行きたそうです。
「よぉ、お前ら」
 跡部クン――人間の方の――が、忍足クン達に手を上げて呼びかけます。
「あ、跡部様よ」
「跡部様だ」
 跡部クンにもカメラが向けられます。
「参ったな。プライベートだぜ。お前ら」
 そう言いながらも、跡部クンは満更でもなさそうな顔をしています。やはり、目立ちたがり屋のようです。
「跡部、何の用や」
「マルガレーテの散歩だ」
 マルガレーテとは、跡部クンの飼っている犬です。
 アトベが忍足クンの抱擁からすり抜けました。
「あ、アトベ」
「カルピン」
 アトベとカルピンはマルガレーテに懐いています。
「ははっ。微笑ましい光景じゃねーの。なぁ」
「そうっスね」
 跡部クンの言葉に、リョーマくんも同意します。
「越前どけや。アトベ達の動画撮るんやさかい」
 忍足クンは従兄弟の謙也クンに細かなコツなども教えてもらったのです。お盆も全国大会も終わったので謙也クンはもう大阪に帰ってしまいました。
「ここは俺の場所って決まってるの!」
「あーん? 俺の隣がか?」
「そ。跡部さんの隣はずーっと俺の指定席です」
「越前! 抜け駆けすな!」
 俺もそんな台詞言いたいわ! これだから帰国子女は――忍足クンはそう思っています。
 リョーマくんは忍足クンの方を見て、にやあっと笑います。まるで、ざまぁ見ろとでも言うかのように。
「ほ、ほなここは俺の場所やでぇ! 文句ないやろ!」
 忍足クンが跡部クンの左隣に陣取ります。
「――忍足さん、大人げないっスねぇ」
「お前こそ年上に敬意払わんくせに!」
「ちょっと年寄りだからってえばらないでください」
「俺かてお前と同じ中学生や。オッサン扱いせんといてや!」
 跡部クンはじーっと一点を見据えています。
「ん? どうした? 跡部――」
「美しい……」
 アトベやカルピンとじゃれ合っているマルガレーテを見て、跡部クンが呟きます。
「カルピンがこんなに懐くなんて。マルガレーテとは初対面なのに。珍しいっスね」
 そう言ってリョーマくんはスマホを取り出します。写真を何枚か撮った後、
「へへっ。後で青学の皆に自慢しよっ」
 と、満足げに言います。そういうところはリョーマくんも年相応です。
「やぁ、越前」
「あ、不二先輩」
「不二……久しぶりだな」
「やぁ、跡部。今日はテニスではないのかい?」
「マルガレーテの散歩だよ。それに、テニスどころじゃねーだろ。これじゃ」
「ああ――あれがアトベかい? 本物は初めて見るね」
「不二先輩。今は駄目だけど、後で打ち合いしましょう。跡部さんも」
「そうだな」
「俺は?」
 忍足クンが訊きます。
「忍足さんも来てください。ひきこもりの極意を学ばせていただきます」
「越前酷い! ひきこもりやなんて」
「いーや。越前は真理を突いてる。お前はひきこもりだ」
「景ちゃんまで……」
 忍足クンが泣き真似をします。跡部クンは苦笑しています。不二クンもくすくす笑っています。
「でも、このギャラリーを何とかせな……」
「別に今はこのままほっといてもいいんじゃない? アトベもカルピンもそんな迷惑してるみたいでもないし。皆、無害な人達みたいだし」
「せやな。越前。後でアトベとカルピンと――跡部、マルガレーテも連れて行ってええか?」
「あ、ああ……俺のこと呼んだのか、忍足……ほんと紛らわしいな……マルガレーテは俺に似て品がいいから練習中も大人しくしてるぜ」
「跡部さんに似て品がいいって……」
 吹き出したリョーマくんは彼のトレードマークの帽子に、跡部クンからチョップを食らわせられました。

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2017.12.08

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