忍足クンと一匹の猫 5

「さー、アトベとカルピンの動画を見よか」
 忍足クンがパソコンをつけて、動画にアクセスします。その瞬間――。
 忍足クンの丸眼鏡の奥の目が見開かれました。
「――何や?! この再生数! このコメント数!」

「もしもし、越前だけど」
 忍足クンは猫仲間の越前リョーマくんに電話をかけます。リョーマくんはカルピンの飼い猫だったからです。カルピンはヒマラヤンです。
「越前!」
「何だ、忍足さんか」
「アトベとカルピンの動画観てみぃ。再生数が百万超えとるで!」
「なぁんだ。そんなことで泡食ってるの」
 リョーマくんはいたって冷静です。
「お前、驚かんの?」
「別に。アトベとカルピンの可愛さだったらそのくらい行くだろうし、今、猫が大ブームだから」
「そ、そか……」
 忍足クンもつられて冷静になります。
「そんなことで驚いてるようじゃまだまだだね」
 そして、リョーマくんは通話を切りました。
「あ、越前……!」
 ツー、ツー、ツーと電話からは聞こえてきます。リョーマくんが電話を切ったのです。
「くそっ、越前のヤツ……」
「にゃあうん?」
 忍足クンの愛猫、アトベが飼い主の慌てようを見て首を傾げています。
「ああ、少し落ち着こ。アトベ、癒してくれや」
 忍足クンがアトベを撫で回します。
「はぁー、少しは落ち着いたわ。これがアニマルセラピー言うヤツやろか」
「おはよう、侑士」
 夏休みを利用して忍足家に遊びに来ていた従兄弟の謙也クンです。
「ああ、謙也か。これ、見とってや」
「何や。動画か――何やて。一桁……いや、二桁多いんやないの?!」
 そうや。これが普通人の反応や――忍足クンは心の中で思いました。
「ああ、でも、アトベもカルピンも殺人級にかわええもんな」
「せやせや。――やっぱりこの世の中にはこの可愛さがわかるもんが多いんやな」
「まぁ、俺の撮影術のおかげもあるけどな」
「せや。この感激を跡部やがっくんや皆にも~」
 すっかりとち狂っている忍足クン達でした。

「ふ~ん。百万再生」
「跡部も驚かんのか」
「世界中からアクセスしたらそのくらいいくだろ」
 忍足クンの友達、跡部クンも驚きません。因みに忍足クンの猫、アトベの名前はこの男から取ったのです。そして――跡部クンは忍足クンの密かな想い人なのです。
「お前より先に樺地が教えてくれたけどな」
「樺地……見たんか」
「あいつはお前より猫好きだからな」
「意外な趣味や」
「お前に言われたかないと思うぜ。樺地も――ま、百万おめでとうな。俺のマルガレーテの動画も撮ったらそれぐらい行くかな」
 マルガレーテは跡部クンの愛犬です。アフガンバウンドです。
「せやな。行くんちゃう?」
「よし、今度やってみよう」
 跡部クンとペット談議で盛り上がると、忍足クンは満足して電話を終えました。
「ふー、それにしてもすごいで、アトベ」
「にゃん」
「偉いでアトベ」
 笑いながら膝に乗って来たアトベを忍足クンが撫でています。
「今日はええ日やな。お日さんもわろうとるで」
 窓から見える風景は雲ひとつない快晴でした。

 翌日――。
 忍足クンの家の電話が鳴りました。
 がっくんかいな、と思いながら、忍足クンは電話を取りました。
 何と、アトベとカルピンの動画をテレビで流したいというお願いです。
「あ、アトベがテレビに?」
『はい。皆さん、カルピンくんとアトベくんの動画に夢中になっておりまして』
「わかりました。でも、カルピンは越前の猫だから、越前にも了承取らないと」
『そうですね。ありがとうございます』
 忍足クンは慣れない標準語で話します。因みに、動画をアップしたのは謙也クンです。
「謙也、謙也! 大変や!」
 電話を切った忍足クンが謙也クンを呼びます。
「何や? 今度はテレビ出演かいな」
「ちょう違うで。動画流すんや」
「ええっ?! 俺、今冗談のつもりで言ったのに」
「そうや。しかも全国ネットや。しかも、話の様子ではギャラももらえるみたいなんや」
「そうか……俺の撮った動画がついにテレビに……」
 謙也クンはズレたところで感激しています。
「カルピンとアトベやったらボケボケでも人気出たんやないの?」
 忍足クンのツッコミも感激真っ最中の謙也クンの耳には届きません。――それがようやっと落ち着いたと思って、忍足クンは言いました。
「せや。録画もしたろ」
「この家にあんのはビデオデッキやろ」
「親父の趣味なんや」
「DVDレコーダーくらい買え! せや、叔父さんに言って買うてもらお。侑士からもお願いしたれ」
「ちゅうてもなぁ……」
「ああ、歯痒い。こんなことで言い争いしてて録り損ねたらどないすんねん」
「お前はせっかちなんや」
「スピードスター言うてや!」
 息子と謙也クンにに押し切られた忍足クンのお父さんは、DVDレコーダーを買うのを許可しました。
「よし、ちょっくら秋葉原へ行って来るで。侑士、お前はどうする」
「あの街はうるそうてかなわんわ。俺、アトベと遊んでいるからな」
「メイド喫茶行きたないの?」
「幼女の生足が見られるんならな」
「おのれはヒューイットか!」
 忍足クンと謙也クンはしばらく言い争っていましたが、謙也クンが一人で行くことになりました。
「じゃ、行って来るで!」
 さすが浪速のスピードスターです。高速で行ってしまいました。
「謙也が来ると楽しいなぁ。あいつはしばらくアキバやろから、ゆっくり遊ぼうなぁ」
 忍足クンが言うと、アトベは嬉しそうに「にゃあん」と鳴きました。
「おっと、その前に越前に報告や。――もしもし越前?」
『ああ、忍足さん。テレビ局から連絡来たよ』
「そか。勿論OKやな」
『当たり前でしょう。今度は俺が動画撮るから、アトベを俺にゆず……』
 リョーマくんがアトベを譲れと言いそうになったから、忍足クンは急いで電話の通信ボタンを押して強引に終了しました。

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2017.11.28

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