忍足クンと一匹の猫 4

「おー、越前」
「あ、忍足さん。良かった。カルピンと遊びに行こうと思ってたところだったんだ」
 越前リョーマくんが忍足クンに声をかけます。忍足クンとリョーマくんは猫仲間なのです。
「ほあら~」
「よしよし、カルピンも元気そうやな」
 カルピンがまた「ほあら~」と鳴きました。カルピンはリョーマくんの飼っているヒマラヤンです。
「越前、うちに来るとこやったんか?」
「うん。アトベに会いにね」
 アトベとは、忍足クンが飼っている猫です。命名は忍足クンの密かな想い人、跡部景吾クンからつけられました。
「俺に会いにちゃうの」
「はぁ? 何でわざわざ忍足さんに会いに行かなければならないの?」
「――まぁ、そうやな。カルピンやったら大歓迎や」
「俺は?」
「ついでに歓待したる」
「俺はついでなんだ。まぁ、俺にとっても忍足さんはついでだもんね」
「可愛げのないやっちゃ」
 けれど、アトベとカルピンのおかげで、忍足クンとリョーマくんが仲が良くなったのも事実です。
「アトベ賭けてテニスしようか?」
「やらん。絶対自分にアトベはやらん」
 ――仲が良くなったと言うのは、気のせいかもしれません。
「忍足さんは買い物?」
 リョーマくんが買い物袋を見つけて言います。
「ああ、アトベの飯や。さっき買うてきたところや」
「アトベって、高い物しか食べなさそうですね」
「せやな。人間の跡部とおんなじや」
「一体いつになったら跡部さんに告白するんです? いつ俺に盗られても文句言えないですよ」
「アホ。跡部はお前なんか相手にせえへん」
 今、忍足クンの言った跡部は、人間の方の跡部です。
「ま、いいや。一緒に行こうよ」
「何で自分が仕切るねん」
 しかし、恋でもテニスでもリョーマはライバルではありますが、忍足クンは彼のことを嫌いではありません。
 脱力した調子で忍足クンはこう言いました。
「では、れっつらご~」

 忍足家では一人の少年が待っていました。髪は短めでなかなかのハンサムです。
「よぉ、謙也」
 忍足クンの従兄弟の謙也クンです。謙也クンも忍足という苗字なので、少し紛らわしいです。因みに、アトベの飼い主の方の忍足クンは侑士と言う名前です。
「アトベはええ子にしとったか?」
「にゃあん」
「よしよし。お前の好きな金のスプーン。買うてきたからな」
「にゃあん」
 忍足クンの言葉にアトベは嬉しそうに鳴きました。
 アトベは謙也クンの膝に乗ってご満悦です。でも、カルピンとリョーマくんの姿を見ると、謙也クンの膝から降りて走って行きます。
「なぁなぁ、侑士」
「何や。謙也」
 ――悪い予感しかしません。
「アトベ言うたっけ? あの猫俺にくれんか?」
「嫌や。――全く、アトベをくれ言うヤツがいっぱいいて困るわ」
「やって、アトベかわええもん」
 自慢の愛猫が褒められて忍足クンも悪い気はしません。ですが――。
「アトベの飼い主は俺や」
「えー、俺っスよ。アトベのこと、必ず俺のモンにしてみせます」
「できるかいな」
「おー、お二人さん。見てみぃ。アトベとヒマラヤンのツーショット!」
「――ほんま、かわええなぁ」
 忍足クンも和みます。
「いいですねぇ。アトベは俺のものっス」
「お前にはカルピンがいるだろうが」
「だから。アトベは俺の物。カルピンも俺の物っス」
「ジャ○アンかい、越前、おのれは……」
 大体そないな天国みたいな条件、海堂も羨ましがるやろが――と、忍足クンは思いました。
「あっははは。侑士。アトベはモテるんやな」
「ああ。ライバルがいっぱいや……」
 忍足クンは深ぁい溜息を吐きました。因みに謙也クンもライバルの一人です。
「謙也……お前は他の猫を買うてもらえ」
「せやな。俺も猫好きやし。お、ええもんがある」
 謙也クンが取り出したのは猫じゃらしです。
「ほーれほれ」
 アトベとカルピンは仲良く猫じゃらしを追いかけます。
「上手いですね。謙也さん」
「そうか? おおきに、越前」
「謙也にアトベ取られないか心配やわ……」
「俺もっス」
「だから越前、お前にはやらん。カルピン一匹で我慢しとれ」
「人間てのは欲深いものなんですよ。忍足さん」
「何哲学めいたこと言うとんねん。だから、お前にアトベはやらんと言っとるやろが」
「――動画は撮っていいっスよね」
「まぁ、そのくらいなら……」
 カルピンとアトベは協力して猫じゃらしにじゃれつきます。
「ああ、かわいらしなぁ……」
「顔、蕩けてるで、侑士」
「やって、ほんまにかわええんやもん」
「天使っスね、天使」
「猫の天使か――ぴったりのこと言うなぁ、越前」
「このカルピンとアトベ、動画に撮ってニコニコにうpしてもいいですか?」
「ユーチューブでもええで」
 忍足クンが快諾します。世界中にアトベの可愛さを自慢したいのです。勿論、誰にもやる気はありませんが。
 それにしても、今は動画と言う便利なものがあっていい時代です。
「でも、俺もカルピン達と遊びたいなぁ。どうしよう」
 リョーマくんの本音です。
「俺が撮ったるで」
「本当?! 謙也さん」
「動画の撮り方わかるんか? 謙也」
「馬鹿にすな、侑士。いろんな小技も知っとるで。情報の早さもスピードスターっちゅう話や」
 謙也クンは『浪速のスピードスター』と言う異名を取っています。
「スピードスター関係ないと思うけど」
「越前、お前ツッコミ上手いな」
「単なる感想っス」

 ――やがてこの映像が世界中に流れ、カルピンとアトベが更に人気者になるのは近い将来の話です。

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2017.11.18

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