忍足クンと一匹の猫 3

 忍足侑士クンは一匹の猫を飼っています。名前はアトベ。テニス部の部長で忍足クン友人の跡部景吾クンから取った名前です。
「気持ちええか。アトベ」
 お風呂場で、忍足クンはアトベを洗ってあげています。
「にゃふ~ん」
 アトベは気持ち良さそうに鳴きました。
「おー、そうかそうか。アトベは風呂好きやんなぁ。跡部と一緒や。跡部も風呂好きやでぇ」
 言いながら忍足クンは跡部のシャワーシーンを想像してしまいます。
「なっ、あかんあかん。鼻血が出てまう……」
 忍足は悶絶しています。
「にゃ?」
 アトベがどうしたのかという風に鳴きました。ご主人様思いの優しい猫なのです。
「はぁはぁ。つい魂が天国に行ってまうところやったわ。でも、アトベを置いてあの世へ行けへんもんなぁ、アトベ」
「にゃあう」
「じゃ、洗ったるわ」
 忍足クンは優しくアトベにシャワーをかけてあげます。アトベも満足そうに目を瞑ってます。
 シャワーの後は乾かしてあげます。アトベの毛皮はまるでビロードみたいにつやつやになります。
「ほんま、アトベより可愛い猫はおらんなぁ」
 忍足クンは相好を崩します。
「にゃあ……」
 その言葉はアトベに伝わっているのか、アトベは返事をしました。

 翌朝――。
「今日は天気がええやんなぁ」
 忍足クンが機嫌良く氷帝学園に向かって行きます。
「あ、おはようございます。忍足さん」
 忍足クンのテニス部の後輩、鳳長太郎クンです。爽やかなナイスガイと世間では評判です。
「よぉ、鳳」
「あれ? その猫何ですか?」
 見ると、忍足クンの足元にはアトベがいます。
「アトベ~。ついてきてしもうたんか」
「うっわぁ、可愛いですね。俺、猫好きなもんで」
「せやろ、アトベは可愛いやろ?」
「この氷帝ジャージは?」
 アトベは氷帝ジャージを着ているのです。
「俺が縫ったんやで」
「へぇ~、忍足さん、マメですね」
「このまんま学校に連れて行くわけにもいかんし……弱ったな」
「榊先生に相談してみたら。猫嫌いって話は聞かないし、今日は日曜で本当ならオフだし」
「そか。そしたら話してみっか」
 けれど、忍足クンにはある危惧もないではなかったのです。
 榊先生がアトベを気に入って、自分で飼うと言ったらどうしよう――それは故のない心配事ではありませんでした。
 けれど、
「さぁ、早く早く」
 と、鳳クンに急かされて、忍足クンは仕方なく氷帝学園に向かいました。

 氷帝学園はお金持ちの生徒が多いせいか、とても大きな学校です。アトベは目をきらきらさせています。
 榊先生がやってきました。音楽の先生なのに、すごくお金持ちであったり、それでも独身であったりと、なかなか謎な先生です。
「榊先生、おはようございます」
 鳳クンが元気よく挨拶します。
「ああ、おはよう。鳳。――むっ、忍足、その猫は……!」
「あ、連れて来ては駄目でしたか。えろうすんまへん」
「いや……ちょっと抱き上げてもいいか」
「――どうぞ」
 ちょっと嫌な予感がしながらも、忍足クンは榊先生にアトベを渡します。
「私も猫は飼っていたが、こんな気品の溢れる猫は初めてだ」
「はぁ……」
 嫌な予感が当たったらしいです。
「忍足。この猫、私に譲ってくれないか」
「嫌や! この猫は俺の猫や! アトベは渡さんで~!」
「アトベ。この猫はアトベと言うのか。そう言えば何となく跡部にそっくりな……」
 榊先生は跡部クンが好きなのです。
「忍足、譲れ!」
「嫌や」
 アトベの取り合いが始まりました。
「うにゃああああああ!!!!!」
 アトベが嫌そうな声を上げます。
「このままではアトベがちぎれそうや!」
 そう思った忍足クンはアトベを離します。
「忍足……」
「今は退くで。榊先生。でも、その猫は俺の猫や」
「忍足……アトベのことを考えて――」
「先生、テニスをやっている間はアトベの面倒みたってや」
「ふ……お前には負けた。確かにこの猫は忍足、お前の猫だ。だが、お前らがテニスをしている間、私はこの猫を可愛がっててもいいんだな」
 忍足クンは頷きます。
「その猫にはファンも多いで。先生」
「そのようだな――」
「よぉ、忍足。何だ。その猫連れて来たのか」
 人間の方の跡部クンが訊いてきます。
「勝手についてきたんや」
「わー、アトベじゃん。アットベ~」
 向日クンが嬉しそうに駆けて来ます。
「がっくん……アトベもいいけど、今はテニスの練習や。ほら、榊先生が面倒見てくれるから」
「ちぇー。クソクソ侑士め」
「そうだぞ。猫と戯れてるヒマはねぇぞ!」
「おっかないお兄さんやなぁ、なぁ、アトベ」
「にゃあうん」
 忍足クンに同意するようにアトベも鳴きます。跡部クンはおっかないお兄さんと言われてぐぬぬ……と唇を噛み締めています。
「――そのうち、跡部も引退するんだよな」
「お前らもだろ。向日に忍足」
「やから引退したら正部員の邪魔にならんように日曜に集まってやなぁ……」
「はい! 先輩方からテニスの極意を教えていただきたいです!」
「鳳は真面目やなぁ……」
 でも、その真面目さが鳳クンの良さだと忍足クンは思いました。それに、鳳クンには好きな人がいるのです。
「あ、宍戸や!」
「え?!」
「嘘や」
「もう~、忍足さんたら」
 宍戸亮クンは鳳クンの想い人です。その宍戸クンもすぐにやってきました。
 ジローくんも少し遅れて歩いてきました。アトベを見て、「かわE~」と言っています。ジローくんは可愛いものが大好きなのです。
 一癖ある人達が多いけど、皆、忍足クンの大切な友人です。初めて会ったメンバーともアトベはすぐに仲良くなりました。

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2017.11.7

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