忍足クンと一匹の猫 26

 アトベがCMに出ることになりました――。
 日曜日。
「アトベってよくこの公園にいるんだよね。忍足と」
「ああ、そうだね」
 菊丸英二クンと不二周助クンが並んで歩いています。この二人はクラスが一緒なのです。猫好きというところも似ています。
 というより、菊丸クン自身が猫に似ています。
「どこにいるんだろうね。あ、あそこかにゃ?!」
 菊丸クンが指差しました。そこには公園でロケをしている人達がいます。その向こうに氷帝ジャージを着たアトベの姿が見えました。
「ラッキー、行こうぜ、不二。おーい、アトベ~」
 菊丸クンがアトベに向かって手を振ります。
「呼んだか?」
「にゃ? 人間の方の跡部は呼んでないよ」
「何だと? うっせえぞ菊丸」
 人間の方の跡部クンが言いました。彼のフルネームは跡部景吾です。
「僕達、猫の方のアトベに会いに来たんだけど」
 不二クンも菊丸クンの援護をします。
「ああ。この軽自動車のCMだろ? 俺も見たけどこの車、なかなか悪くねぇ。――尤も、俺は運転できないがな」
「クス……十八になるまでお預けだね」
「ああ」
「アトベは何の役なの?」
 跳ねた髪の菊丸クンが首を傾げます。
「助手席の娘が抱いて座るそうだ」
「へぇ~、あの娘かぁ。可愛いじゃん。アトベ、役得~」
「おい」
 一応この話の主人公、忍足クンが低い声で割り込んできます。
「俺を無視するんやないで」
「あ、忍足いたんだ」
「やぁ、忍足。いつからいたんだい?」
「さっきからずっとや! 誰がこの話を進めてる思とんねん」
「悪かったな、忍足」
 跡部クンが軽く頭を下げた。
「ま、まぁ、景ちゃんがそう言うなら……」
「俺、アトベに会えたなら他のことはどうでもいいにゃあ~」
「猫の方のアトベだね」
「全く……紛らわしい名前だっつの。しかし、CMにまで出てくるとは、あいつも出世したじゃねぇの」
「そりゃ、跡部の名前を取っとるからや」
「ふふん、そうだろそうだろ」
「うへぇ~」
 菊丸クンが閉口したように眉を八の字にします。不二クンは相変わらずニコニコしています。菊丸クンより、不二クンの方が何となく読めません。忍足クンは心を閉ざすことはできても人の考え事は読めないのですが。
「忍足ってばすごいゴマすりだにゃ~」
「ふふ……強ちゴマすりでもないみたいだよ」
 忍足クンはまたアトベの方を見遣っています。アトベはカメラ慣れしてるのか物怖じしません。
「はーい、アトベくん笑って~」
「にゃあうん」
「そういえば忍足。どうして猫にアトベって名前つけたの?」
 ロケを見学しながら菊丸クンが尤もな質問をします。
「やって、アトベにそっくりやもん」
「でも、普通アトベなんてつけないだろ? 俺だったら死んでもやだね」
「んだと菊丸」
 跡部クンが気色ばむのを忍足クンが留めます。
「まぁまぁ。菊丸やって悪気がある訳ではあらへんのや。せやろ? 菊丸」
「うん。正直な感想言っただけ」
「尚悪いわ!」
「アトベは最愛の人の名前やからなぁ……」
「げっ!」
 跡部クンが忍足クンから離れようとします。
「何や、跡部。そのリアクション……傷つくやないの」
「てめぇに傷つくだけのデリケートさがあるとは意外だったぜ」
「酷っ!」
「まぁ、それは冗談だがな」
 跡部クンが笑います。
(正直に言うたまでなのに……)
 忍足クンが落ち込みます。跡部クンがこほんと咳払いをします。
「まぁ、その、何だ? 元気出せよ。俺、猫のアトベが出世して本当に嬉しいんだぜ」
「ホンマか?」
「そうだ。それにお前、髪の毛と丸眼鏡はあれだが、顔立ちは結構整ってるし、女にもモテてるぜ。だから、そう落ち込むな」
「景ちゃーん!」
「……よしよし」
「あの二人、本当に仲いいね」
 菊丸クンが今度は祝福するように言いました。
「揶揄うと楽しいけどね」
「不二が言うと冗談に聞こえないにゃ……」
 それでも、二人が仲良くなったことについては嬉し気な菊丸クンと不二クンでした。
「ちぃーっす」
「ほあら~」
「あー、おチビ~」
「越前も来とったんか? カルピンも」
 越前リョーマ。アトベの親友カルピンの飼い主です。アトベのこともきっちりターゲットに入れています。ちゃっかりしている少年です。
「CMに出るなんてすごいじゃん。アトベ」
「ほあら~」
「カルピンかて、キャットフードのCMからオファーが来とるんやろ」
「そうだけど……ねぇ、忍足さん、何で跡部さんと抱き合ってるの? 四天宝寺のお笑いダブルスコンビじゃあるまいし」
「――流れや」
 跡部クンと忍足クンは抱擁を解きます。
「忍足さんばかりずるい。俺も俺も」
「だ、そうや」
「何でお前とハグしなきゃなんねぇんだよ。大体カルピンいるだろうが」
「ほあら~」
「あ、じゃあ俺にカルピン貸してよ」
 菊丸クンはカルピンも大好きなのです。リョーマくんは菊丸クンにカルピンを託します。カルピンは事情が分からず「ほあ?」と短く鳴きます。
「そういえば、海堂先輩はいないの?」
「いないね。アトベの晴れ舞台だから喜んで来そうなのに」
「脂下がっている海堂先輩なんて見たくないから別にいいや。さ、跡部さん」
「おう」
 跡部クンがリョーマくんにぎゅっとハグします。海外ではこんなことは当たり前なのでしょう。満足したらしいリョーマくんは見学のギャラリーへ混じっていきました。カルピンを菊丸クンに預けたまま。カルピンが鳴いたので忍足クンはそちらの方へ目を向けます。
「ふぅ……跡部はモテるねぇ」
 不二クンが微笑みながらそう言います。
「それって猫の方? 人間の方?」
 菊丸クンの質問に笑みを深くして不二クンが答えます。
「両方だよ」

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2018.06.27

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