忍足クンと一匹の猫 25

「よぉ」
 白髪と銀髪の混じった強面の少年が来ました。
「何や。山吹中の白菜やないの」
「白菜じゃねぇ! 俺には亜久津仁だ」
「知ってるて。罪のない冗談やん」
 山吹中は忍足クンが通っている氷帝学園のライバル校なのです。テニス部同士でも覇を競っています。亜久津クンはとても優秀なプレイヤーなのです。
 まぁ、ちょっと血の気が多いのは玉に瑕ですが――。
「壇から聞いた――忍足、お前、散歩する時はここを通るんだってな」
「ああ。この頃風邪やったんで、来る暇なかったんやけどなぁ」
「おかげで無駄足踏んじまってたところだ」
「何で俺のことつけ回してんねん。ああ、さては!」
「――アトベを寄越せ」
「断る!」
 忍足クンは言下に言い放ちました。
「ほう……俺は力に訴えることもできるんだぜ」
 亜久津クンは喧嘩もかなり強いのです。
「ほな、アトベに訊くしかないな。おーい、アトベ~」
 ご主人様の声を聞いてアトベが駆けて来ました。
「にゃあん?」
 アトベはつぶらな瞳でニューフェイスを見上げます。
「うっ……」
 亜久津クンもうっかり萌えてしまったようです。
「アトベ。亜久津と俺と、どっちがええ?」
 アトベは迷わず亜久津クンの足元にすり寄りました。亜久津クンは得意げな顔をします。
「俺に懐いたぞ。アトベは俺のモンだ」
「アトベ~。殺生な~」
 忍足クンが叫んでいます。
「うるせぇ! 今日からこいつは俺のもんだ!」
「絶対やらん! 大体どっからアトベの情報拾って来たんや!」
「ダダダダーン! それは僕が説明します」
「何やこいつ」
「俺の後輩だ」
「亜久津先輩は休みの日は喧嘩してるか可愛い猫の動画観てるかのどちらかなんです」
「――何やえろう極端なヤツやな」
「壇! 余計なこと言うんじゃねぇ!」
「アンタ、壇って言うんかい?」
 亜久津クンをまるっと無視して忍足クンが壇クンに訊きます。
「はい。壇太一と言います。あ。バンダナずれた」
「壇。お前もう帰って寝てろ」
「いえ……亜久津先輩のことが心配ですから」
「先輩思いの可愛い後輩がいて良かったなぁ」
 忍足クンはにやにやしています。
「……鬱陶しいだけだ」
「ほんまに鬱陶しかったら、手が出てくるところやったろ? 亜久津の場合」
「う……うるせぇ!」
「何や。見た目や評判ほど悪い奴に思えんなぁ。趣味は猫動画巡りやし」
「よ……余計なお世話だ!」
「何したってアトベはやらんよ。俺の子やもんなぁ」
 忍足クンはアトベを抱き上げようとします。アトベはいやいやをします。
「何やってんだ。ほれ、貸せ」
 亜久津クンがアトベを抱き上げると、アトベは嬉しそうにゴロゴロ喉を鳴らします。亜久津がにたぁっと笑います。
「どうだ。俺に懐いてるじゃねぇか。この猫ちゃんはよぉ」
「あ、アトベ~」
 今度は本格的に忍足クンは泣きました。このままでは亜久津クンにアトベを取られてしまうとも限りません。
(それだけは絶対嫌や!)
「亜久津先輩……そんなんじゃ忍足さんは納得しないと思います。一応飼い主なんですから」
 飼い主の上に『一応』をつけられました。この壇クンと言う子は可愛らしい顔をしていますが、案外一言多いかもしれません。しかし、忍足クンはそれどころではありません。
「壇くんの言う通りや。アトベ返せ」
「へぇ……じゃ、アンタの好きなテニスで決着つけようじゃねぇか」
「望むところや」
「あ、はい。僕、審判やります」
 壇クンが申し出ます。
「済まんな、壇くん。ついでにアトベの面倒も見てもらってええか。大丈夫。アトベは大人しい猫やから。景ちゃんとちごて」
「はい。わかりました」
「俺が勝ったらアトベからこの薄汚い氷帝ジャージを脱がすぞ」
「薄汚いとは何や! 毎日洗っとるで! 着替えもちゃんとあるんやからな!」
「そういう意味じゃねぇっての……」
「ほな、こっから近いストリートテニスコート使わせてもらお」
「――あそこはダブルス専門じゃなかったのか?」
「お、よく知っとるな、亜久津。ほな、シングルスの出来るコートの方へ行くか」
「にゃん!」
 テニス、と聞いて、アトベは張り切っています。アトベはテニスを見るのが好きなのです。人間だったら自分も打ちたいと思うところでしょう。
「じゃ、行きましょうか」
 壇クンも張り切っています。――いい試合が見れそうだと期待しているのでしょう。
「亜久津先輩、頑張ってください」
「……ああ」
「あそこでは道具の貸し出しもしとるからな」
「……俺は喧嘩で勝負つけたいんだけどな」
「ダメです。忍足さんが可哀想です。伴のお爺さんだってきっと泣きます」
「……伴爺か」
 亜久津クンがちっと舌打ちをしました。伴爺と呼ばれているお爺さんは、いつもにこやかですが、亜久津クンに目をつけるあたり只者ではなさそうです。
「まぁ、テニスならラフプレーも可能だよな」
「お手柔らかに頼むで」
 忍足クンの頬が引き攣ります。

 結果は――。
 ワンセットマッチでタイブレークにもちこまれたけれど、忍足クンが辛勝しました。
「ええい! くそ!」
「亜久津先輩……」
 本気で悔しがる亜久津クンを壇クンは気懸りそうに見ています。
「行くで。アトベ」
「ま、待て……もう一回勝負だ」
「何回勝負しても、アンタが勝ってアトベがアンタのペットになったとしても――俺とアトベの絆は切れへんよ」
「にゃあん」
 アトベが忍足クンの言葉に同意するように鳴きました。
「けど、アンタ……一回もラフプレーしなかったな。そこは見直したる」
 忍足クンが亜久津クンに背を向けながら言いました。
「ずるして譲ってもらっても嬉しくないですもんね」
「壇……少し、黙れ……」
 良かったらまた遊んだるからな――そう言って忍足クンは家路に着きました。

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2018.06.17

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