忍足クンと一匹の猫 24

「あ、忍足さん」
 リョーマくんが元気に手を振ります。テレビ局の真ん前です。
「来たで。越前。アトベと一緒に」
「にゃん!」
 ボストンに入れられたアトベが鳴きます。
「というか、アトベやカルピンが主役なんスけどね」
 リョーマくんはカルピンをキャリーバッグで運んで来たようです。
「生放送や。緊張するで」
「俺もっス」
「越前は心臓に毛が生えたようなヤツや思とったけど、やっぱり生放送は慣れてないんやな」
「テニス以外では初めての体験スね」
「ほな行こか」
「そうっスね」

「おはようございます」
 スタッフが飛んできました。
「越前リョーマさんに忍足侑士さんですね」
「ウィース」
「初めまして――」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
 テレビに出演する人は皆メイクをします。忍足クン達がメイクをされている間、アトベとカルピンは別のスタッフが面倒を見てくれています。アトベもカルピンも大人しくしているようです。
「忍足くんはかっこいいと呼ばれてない?」
「まぁ、そこそこな」
「衣装はこのままでいいわね」
「一応一張羅なもんで」
「だから、主役はアトベとカルピンだって」
 リョーマくんがツッコみます。忍足クンの緊張も段々溶けて行きました。コンコンコン、とノックが鳴りました。
「よっ、忍足」
「跡部!」
 人間の方の跡部――跡部景吾クンが訪ねてきました。樺地クンも一緒です。
「跡部様。今、メイク中なのですが……」
「ああ、すまん」
 ちっとも済まなさそうにしていない跡部クンは、忍足クンに言いました。
「忍足。頑張れよ」
 その美声が忍足クンには何よりのエールに聞こえました。
 任せとき――忍足クンは心の中で応えます。
「跡部さん……」
 リョーマくんは何か言いたそうでしたが、結局黙ってしまいました。
「じゃあな――後で皆で映像観ような」
(かなんなぁ……)
 跡部クンは本当に様子を見に来ただけだったのでしょう。
「行くぞ、樺地」
「――ウス」
 跡部クン達は行ってしまいました。
「越前クンはカルピンくんを、忍足クンはアトベくんを抱いて登場してくださいね」
「はい」
「わかりました」
 標準語で喋るのは俺にとっては不自然なことやな――丸くなっているアトベを抱っこしながら、忍足クンはそんなことを思っていました。それにしても、アトベの何と堂々としていること。忍足クンよりリラックスしています。
「頑張ろうな。アトベ」
「にゃん」
「カルピンも一緒だよ」
「ほあら~」
「司会の佐倉光です。気楽に行きましょう」
 佐倉サンが物陰の椅子に座っている忍足クンとリョーマくんに言いました。
「あー、よく慣れてますね。アトベくんにカルピンくん」
「にゃーん」
「ほあら~」
「出番になったらフリップ出しますから。気軽に話してください。生の声が一番ウケますから」

 番組が始まりました。いろいろな話題が出てきて、なかなか面白いのですが、忍足クンにはアトベと出演すると言う大役があるのです。
「はい。今、巷で噂の動画、可愛い猫と評判のアトベくんとカルピンくんがスタジオにやって来ました。今回は何と飼い主さん達もやって来ましたよ」
「彼らはイケメンで有名なんですよね」
「そうなんです。楽しみですね。それではどうぞ」
 ――フリップや。
 忍足クン達は拍手で迎えられました。
「アトベくんの飼い主、忍足侑士クンと、カルピンくんの飼い主、越前リョーマくんです!」
 女性のアナウンサーが言いました。
「初めまして。皆さん」
 リョーマくんはこう言いましたが――。
「…………」
 忍足クンは黙ったままです。ライトが眩しいな、とか思っていました。
「想像以上のイケメンですね、二人とも」
「どうもっス」
「あ……あ……」
 忍足クンは口をパクパクさせるだけで何も言えません。
「おや、忍足クン、どうしたのかな」
 佐倉サンが心配そうに眉を寄せます。
 その時、アトベがにゃあん、と鳴きながら忍足クンに体をこすりつけました。
(そうや、俺にはアトベがいる。アトベがいれば百人力や!)
「あ、えろうすんません。こういう華やかなところには慣れてないもんで」
 言葉がすらすらと出てきます。
「関西弁ですか。かっこいいですね」
「――いや、どうもかなんなぁ……」
「二人ともテニス部なんですよね」
 と、佐倉サン。
「俺は氷帝、越前は青学やけどな」
「俺達の学校、この間優勝しました」
 しれっとリョーマくんが自慢しました。
「――今度は負けへんで。越前。……おっと、今日の主役はアトベとカルピンやったな」
「アトベくんもカルピンくんも毛艶が良いですねぇ」
「アトべはお風呂が好きなんや」
「へぇ、カルピンはシャンプー見せると逃げ出しますよ」
「大変やな」
 忍足クンは笑う余裕さえ見せます。
「まぁね。忍足さんが羨ましいな。いつもアトべとお風呂でしょ?」
「せやな」
 まさか、アトベを見てあらぬ妄想をしたことがあるのを喋ることはできません。
「アトベくんの名前はお金持ち学校で有名な氷帝学園の生徒会長跡部景吾くんから取ったんですか?」
「ええ、跡部は俺の友人でして――」
 忍足クンへの質問タイムが終わると、話題はリョーマくんとカルピンに移ります。忍足クンはほっと一息つきました。

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2018.06.07

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