忍足クンと一匹の猫 23

『あっははは! ついにお前もテレビに正式デビューか!』
「アホ。笑うなや! ったく、よう言わんわ」
 受話器の向こうの跡部クンの馬鹿笑いに呆れたと言うか、疲れた様子を見せている忍足クンです。
『お前にテレビ出る根性があるとは知らなかったぜ』
「雰囲気に飲まれたんや」
『コミュ障のお前がなぁ……ま、祝福してやるよ』
「コミュ障とは何やねん……否定はでけんけど」
 実は伊達眼鏡までしている恥ずかしがり屋な忍足クンです。跡部クンが台詞に対して強くは出られません。
『ま、お前が出てくる時間に合わせてテレビつけといてやるからな』
「嫌やなぁ、ほんま……」
 忍足クンが顔を歪めます。つい出演を承諾してしまった彼です。
 それに――アトベの可愛さは全国に広めたいと思っています。もう既にそうなりつつあるのですが。
(越前は平気なのかな)
 リョーマくんは心臓が強い方かもしれません。
 電話は切れました。
 俺と越前でコンビ組まされるんか、嫌やわぁ……などと考えている忍足クンです。
 カルピンとアトベはとても仲がいいのですが、アトベに対するリョーマくんの執着を思うと、つい憂鬱になる彼でした。
「にゃん!」
 アトベがひょっこりと顔を出します。
「おお、アトベか。今エサやるからな」
「にゃん」
 アトベの猫缶を開けながら忍足クンはこう訊きました。
「なぁ、アトベ……お前はテレビに出るのほんまに平気かいな?」
「にゃん」
「俺は怖いねん。テレビは出るもんじゃなくて見るもんや」
 どこまでもシャイな忍足クンであります。
「せや、越前に電話したろ」
 忍足クンはスマホを取ります。
『もしもし――』
「ああ、越前――」
『忍足さん、ついにアトベを譲る気になりましたか?』
「アホ、そんな訳あるかい! ――テレビ出演OKしたんやろ」
『したよ』
「その――テレビ出るの恥ずかしいとか、そういうのないんか?」
『ないよ』
 リョーマくんはあっさり答えます。カルピンも物怖じしなさそうですし。
『何? 忍足さんはテレビに出るの嫌なの?』
「嫌や」
『断ったの?』
「承諾したわ」
『どうして? 別に断ったって構わないんじゃない?』
「――流れや」
 アトベがテレビに出たがったという理由もあります。
 アトベは賢い猫ですから、テレビに出演すると言うのがどんなことかわかってる――少なくとも忍足クンはそう考えています。
「放映は月曜日やったな」
『そうだね。またアトベにいっぱいファンがつくんでしょ?』
「カルピンにもな」
『やだな……カルピンとアトベは俺の物なのに』
「カルピンはともかく、アトベは譲った覚えないで」
 忍足クンがどすの効いた声でリョーマくんに言いました。
『アトベを賭けてテニス勝負ってのはどう?』
「嫌や」
『ケチ』
「ケチで構わん。カルピンだけで我慢しろ」
「……はぁ。そうっスね。寂しい夜はアトベとカルピンの超可愛い動画でも眺めてます』
「それがええで。人間、欲かくと碌なことあらへん」
『アンタがテレビ出演することで何か得なことでもあるの? 有名になりたいとかじゃなかったらデメリットしか思い浮かばないんだけど』
「実は俺もそうなんやけど」
『本当に……何でテレビ出ることにしたの』
「だから、流れやて」
『跡部さんはテレビ向きだよね。引きこもりのアンタと違って』
「誰が引きこもりや。――そうやな。跡部は目立ちたがりやもんな」
 忍足クンは目を眇めました。
 輝く美貌。美しい声。抜群のスタイル、スポットライトは跡部景吾――彼の為にある、てなものです。
「やっぱり俺、辞退しよかな? 今からでも」
 だけど――そうしたらテレビ局の人が困るでしょう。忍足クンもそれは悪いなと思うのです。
「ま、俺はアトベのおまけって考えればええかな」
『そうだね。そうしなよ。俺だって、本当はちょっと緊張してるんだ』
 リョーマくんが本音を言います。
『だから――忍足さんの気持ち聞いて、ちょっとほっとしました。不安なのは俺だけじゃないんスね』
 忍足クンは、初めてリョーマくんが可愛いと思いました。
「お前でも不安に思うことがあるんやなぁ」
『テニスでは全然そんなこと思わないんだけどね』
「お前、テニスで育って来たんやろ。父親はあの南次郎さんやしなぁ」
『まぁね』
 越前南次郎――テニス界のサムライと呼ばれた男です。テニスで世界の数々のトッププレイヤーと対決して勝ってきました。リョーマくんは南次郎サンをも超える逸材として注目を浴びています。
 リョーマくんはいずれ光の当たる世界へと進むでしょう。
 けれど、忍足クンは――
(俺は、普通の人間やからな。スターの気持ちなんてわからへん)
 忍足クンは青みがかった長めの髪を掻き上げました。
「にゃーん」
 アトベもスター気質のある猫です。可愛いと言われれば嬉しくなってしまう方です。ここらへんは本家跡部クンに似ているような気がします。
「越前、収録日、迎え行ってやってもええで」
『あ、お構いなく。タクシー拾ったら俺一人でも行けるんで』
「そか。じゃ、またな。アトベもカルピンと会えるのを楽しみにしとると思うで」
 アトベは忍足クンに同意するかのように「にゃーん」と鳴きました。

 LINEやツィッターには数々のメッセージが届いていました。
『テレビ出演おめでとう。忍足』
 榊先生からです。
『――誰から聞いたんですか』
『跡部からだ』
 跡部か――もう氷帝の連絡網にはこの話題は回っているな、と忍足クンは思いました。
『アトベの便乗人気や』
『侑士、ばっちり録画してやっかんな』
『やめてくれや、がっくん』
『へへっ』
『俺も絶対観るC~☆』
『ジローもええ加減にしとくれや……』
 他にもいっぱいメッセージがどかどかと来て、忍足クンは何だか出演する前から疲れてしまって心を閉ざしてしまいたくなりそうでした。

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2018.05.28

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