忍足クンと一匹の猫 21

「目か――。確かに吸い込まれそうな目してんなぁ」
「せやろ。跡部に似た、不思議に澄んだ瞳や」
「そう言われると悪い気はしねぇな」
 忍足クンの言葉に、跡部クンは得意げに答えます。
「ウス。自分も――そうだと思います」
 と、樺地クンも賛同します。
「おいアトベ、忍足に拾ってもらって良かったな」
「にゃん」
 猫のアトベは当然、とでも言うかのように鳴きました。
「せやったなぁ……海堂が羨ましがるかもしらんけど、あの時、俺とアトベは運命の出会いを果たしたんや――」
 それは、或る雨の日――。

「あー、いきなり降って来るなんて嫌過ぎるやん! 天気予報もあてにならんなぁ――ん?」
 忍足クンの目の前に一匹の猫がいました。段ボール箱の中にちょこなんと。何となく哀しそうな顔をしています。
「あかん。目が合ってもうた!」
「くぅーん」
「お、猫も『くぅーん』って鳴くんか」
 何となく珍しく思って忍足クンは猫をじっと凝視しました。
 すると――。
 猫がまた切なげに鳴きました。
「ああ、もうあかん! この猫俺が飼ったる! なぁ、捨て猫やろ? ええ名前つけてやっかんな。ええと――」
 忍足クンは猫を抱き上げて上から下まで舐め回すように見ました。目が、誰かを思い出させます。
 あの青色の目――。
「せや、跡部や!」
「にゃ?」
「跡部の目にそっくりなんや。この子の目!」
「にゃあ」
「よし、今日からお前は『アトベ』や。片仮名のアトベや」
「にゃん!」
「おお、嬉しいか。アトベ、アトベ」
「にゃん、にゃん」
 こうして、忍足クンは一匹の猫と出会ったのでした――。

「…………」
「どや。感動的やろ」
「うーん、50点?」
 不二クンは容赦がありません。
「フシュ~。微妙っス」
「な、海堂まで! ……なぁ跡部。跡部は感動したやろ? な?」
「ま、少しだけな」
「何や。ツンデレの集団やな」
 ――違うと思います。
 悄然とした忍足クンは、アトベと一緒に帰ろうとします。跡部クンが訊きます。
「おい、忍足帰るのか?」
「おー、そうや」
「アトベは置いてけ。お前に襲われそうな気がしてならん」
「な……! 酷ない跡部! 俺は猫を襲う趣味ないで」
 とは言ったものの、いまいち自制心に自信を持てない忍足クンです。
「何かお前は信用できねんだよな。心閉ざすしロリコンだし」
 跡部クンは辛辣です。忍足クンが狼狽えます。
「な……ロリコン関係ないやん」
「ロリコンであることは否定しないんだな……ふしゅ~……そうか。否定も出来ないのか」
「ウス……」
 海堂クンの言葉に樺地クンが頷きます。二人とも呆れているようです。尤も、樺地クンの方はあまりそれを顔には出しませんが。不二クンはいつもの様にニコニコしています。
「……海堂までそないなことを……そないなこと言うんやったらな、海堂。これから猫のアトベには指一本触れさせないでぇ」
「……すまねぇ……」
「そこであっさり折れるのかよ、海堂!」
 跡部クンがツッコみます。
「クス。海堂はアトベにぞっこんだからねぇ……」
 不二クンが微笑みます。
「ウス……海堂さんは、猫好きの、優しい人ですから……」
「何だよ、樺地。お前も海堂の味方か? しかしマムシ――海堂が優しいって……腹がよじれるぜ」
「いえ、跡部さん、俺は……」
「いいぜもう。帰ろう帰ろう。――ま、楽しかったぜ」
「ウス」
「にゃあん」
 ――アトベが寂しそうに鳴きます。
「おー、アトベー。また遊ぼうなー」
「にゃーにゃーにゃー」
 跡部クンは忍足クン達に対して振り向かずに手を振ります。樺地クンは跡部クンについて行きます。こんなことは彼らの間では日常なのです。
「じゃ、僕達も帰ろうか。海堂」
「そうっスね……」
 海堂は熱い目をアトベに捧げます。
「俺、ちょっと忍足さんが羨ましいっス」
「せやろ。お前にもいい恋人が現れるといいな」
「フシュ~。猫を恋人にするつもりはないっス」
「やって、海堂のアトベを見る目付き、まるで恋でもしてるようやん」
「クス。そうだね……」
「……忍足さん、不二先輩まで……」
「まぁええやん。見た目とのミスマッチを除けば、海堂と猫、意外といい取り合わせかも知らんで」
「フシュ~、俺が猫を愛でるのはそんなに変か?」
「まぁ、一見イメージじゃあらへんなぁ」
「そうだね」
「忍足さんとアトベだって、釣り合わないっス……」
「何や、嫉妬か。海堂……男の嫉妬は醜いねんなぁ……」
「俺が、忍足さんより先にアトベに出会ってれば良かったっス……」
「ああ、それは駄目やで。やって、俺とアトベは運命の糸で結ばれてるもんなぁ。前世でも一緒だったかもわからんで」
「にゃあん」
「くっ……」
 海堂クンは押し黙ってしまいました。
「もう帰ろう、海堂。アトベにはまた会えるだろう?」
「――ス」
 不二クンと海堂クンは二人して帰って行きました。
「会うと煩いと思う奴らでも、いなくなると寂しなぁ」
「にゃあん」
「あ、今日は星が綺麗やで。なぁ、アトベ。あの星は何万年も前から輝いているんやで。――その中にはもうなくなった星だってあるんやで」
「――にゃあん?」
「俺も、あんな星になれるやろか……」
 忍足クンがしんみりした調子で言います。いつか、アトベも、忍足クンも星になって消えて行くのでしょう。
 死と共に消ゆ。忍足クンは本で読んだ一文を思い出していました。

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2018.05.08

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