忍足クンと一匹の猫 2

 忍足侑士クンはアトベという猫を飼っています。今日は跡部景吾クン本人が遊びに来ました。
「よぉ、アトベ」
「にゃん」
「ははっ。気品あるなぁ。俺様に似て」
 跡部クンは俺様気質なのです。
「跡部……こいつはやらんで」
「わかってるって。大切に育ててるんだろ? 野暮なこたしねぇよ」
 アトベはくりくりおめめで跡部クンを見ています。
「忍足、何でこいつにアトベなんて名つけたんだ?」
「跡部もさっき言っとったやろ。似とるからや」
「そーかそーか。俺様はこんなに愛らしいか」
 跡部クンはすっかりご満悦です。――忍足クンがツッコミを入れました。
「――食い意地が張っとるとことか、似とるで」
「あーん? 俺様はそんな大食漢じゃねぇよ」
「それに、なぁ……やっぱり何となく愛嬌があるやろ?」
「にゃ?」
 アトベは首を傾げた後、テニスボールで遊びます。跡部クンは微笑しながら見ています。
「アトベ~。散歩行くで~」
「にゃう」
「俺様も行っていいか?」
 と、跡部クン。
「ええよ」
 と、忍足クンが答えました。

 跡部クンと忍足クンはアトベと一緒に歩きます。
 アトベは土の匂いを一生懸命嗅いでいます。
「なんか……こいつ犬みてぇだな」
「アトベは立派な猫やで。まぁ、この仕草が犬みたいや思ったことは俺もあるけどなぁ」
 跡部クンの感想に忍足クンが笑います。
「そろそろ来る頃やんなぁ」
「何が……おっ、マムシ」
 マムシ――海堂薫クンです。
「よぉ、マムシ」
「ああ?! マムシじゃねぇ! 海堂薫をナメんじゃねぇ!」
 海堂クンはぎょろりと跡部クンに向かって目を剥きます。そんな彼のことをアトベはつぶらな瞳で見ています。
「海堂、海堂、アトベを撫でてやってぇなぁ」
「何だよ。今、俺はそれどころじゃ……」
 跡部クンがいるせいか、逡巡しています。
「いつもだったら撫でてくれんのになぁ……冷たいやっちゃ」
「にゃあうん」
 撫でて、とでも言いたげにアトベは海堂クンを見つめています。
「ちっ、仕方ねぇ」
 言葉の割には愛情たっぷりに撫でてあげてます。海堂クンはまた日課のジョギングに戻って行きました。
 海堂クンが行ってしまうと、跡部クンが訊きます。
「あいつ……猫好きだったのか?」
「そうや。あいつとおったらいつも猫トークで盛り上がるんやで」
「そうは見えなかったが……」
「跡部がおったから恥ずかしかったんやろ」
「恥じらう海堂なんて気色悪いぜ」
 跡部クンは口が悪いのです。
「海堂な……この間カルピンに無視されたと言って嘆いてたんやで」
「はぁー、人は見かけによらねぇなぁ」
 跡部クンは溜息を吐きます。
「アトベ。カルピンとも遊ぼうなー」
「うにゃー」
「カルピンのところに行くということは、リョーマもいるんだな」
 越前リョーマくん。ヒマラヤンのカルピンの飼い主です。
「そうや。あいつ、アトベ狙っとるんやで」
「えっ、俺を?!」
「そやない。いや、それもあるけど、猫のアトベも狙っとるんや」
「――せいぜいアトベを越前に取られないよう気をつけろよ」
「勿論やで。アトベは俺の命や。なぁ、アトベ~」
「にゃ~」
「その猫、名前変えることできないのか?」
「何でや?」
「紛らわしい」
「我慢したってや」
 忍足クンが笑います。
「あ、侑士にクソクソ跡部」
 忍足クンの友達でテニスでのダブルスのパートナー、向日岳人クンが声をかけて来ました。
「よう、がっくん」
「がっくんはやめろ侑士。あ、アトベがいる」
 向日クンはアトベの頭を優しく撫でてあげました。アトベも嬉しそうにゴロゴロ言います。
「飼い主や名付け親と違って素直な猫だな。ねぇ、この猫俺にちょうだい」
「いくらがっくんでもその願いはきくことはできへんなぁ」
「俺はこいつの名付け親じゃねぇ。忍足が勝手につけたんだ」
「ふぅん、まぁいいけど」
「それにしてもモテモテやんなぁ、アトベ」
「俺様とおんなじだ」
「はいはい」
 忍足クンは呆れたように言ったが、事実なので、それ以上は黙っています。
「ほあら~」
 聞き覚えのある鳴き声が後ろからしました。アトベは、んしょ、んしょ、と忍足クンの腕の拘束から逃れようとします。
「待てや、アトベ」
 けれど、アトベは友達が来たことに興奮を隠せません。アトベがカルピンに近付きます。
「ほあら」
「にゃ」
 アトベとカルピンはそれで通じ合ったようです。
「ええなぁ、猫は……」
 忍足クンが和みます。
「樺地、スマホだ――あ、今はいねぇんだった」
「跡部……もしかして樺地がいないと何にもできんのとちゃう? 早く樺地離れせな」
「そんなことねぇぞ、忍足! ――スマホぐらい自分で持ってる。ほら」
 そう言って跡部クンはスマホでカシャカシャ写真を撮り出しました。因みに、樺地と言うのは跡部クンの友人です。
「カルピーン」
 少し遅れてカルピンの飼い主、リョーマくんがやって来ました。
「もう。すぐいなくなるんだから……あ、跡部さん、忍足さん、向日さん、こんにちは。アトベもよく来たね」
 リョーマくんが挨拶をします。生意気だけど、育ちの良さがうかがわれます。
 四人は猫達と遊んだ後、いつかテニスの試合をすることを約束して帰って行きました。
 今日もたくさん可愛がってもらえて、アトベも満足しているようでした。ぐっすり寝込んで楽しい夢を見ているのでしょう。

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2017.10.29

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