忍足クンと一匹の猫 19

「なら、俺が行くか……?」
 海堂クンはやる気まんまんです。けれど――。
「海堂。ここは譲ってくれないか?」
「な……手塚部長!」
 手塚クンのオーラがいつもより際立っています。海堂クンも息を飲みました。
「わかった……っス……」
 今回は海堂クンが引きました。アトベが海堂クンの方へ行きたそうです。
「海堂。よぉ我慢したな」
「……ッス」
「ご褒美や。アトベ貸したるで」
「にゃあん」
「あ……ああ……」
 海堂クンはアトベを預けられて、ほんの少しだけ口角を上げました。アトベがぐりぐりと頭を擦り付けます。アトベなりに海堂クンを励ましているのでしょう。
「跡部、いいか?」
「ああ」
 人間の方の跡部クンが手塚クンに対して頷きました。
「あ、あのな……あの二人見たことあんだけど……」
「ああ。俺もだ。どこだったっけな……」
 相手側の少年が震えながら会話をしています。
「あーん。俺らのこと知らねぇだと」
「名乗るのが遅れたな。俺は手塚国光だ」
「俺様は跡部景吾だよ」
「なっ――!!」
 相手側の二人は絶句しています。
「あの手塚と跡部が何でこんなところにいるんだよ!」
「さぁな……」
「取り敢えず絶好の機会だ。負けてもいいから対戦してみようぜ」
「つーか、俺ら負ける気しかしねぇな……」
「あーん? 何ごちゃごちゃ言ってんだよ。逃げる算段でもしてるのか?」
 跡部クンが挑発的に言います。跡部クンはいつもこういう物言いなのです。本人に悪気はないのでしょうが。
「どうやら逃げようとしているのとは違うみたいだが……」
 手塚クンも不自然に思いながら相手の出方を見ます。
「手塚さんに跡部さん! 今回は胸を貸して欲しいっス」
「自分もっス!」
「ふぅん……そんなに嫌なヤツらでもないみたいじゃん」
 やり取りを聞いていたリョーマくんが言いました。
「ほう……いい度胸してるじゃねぇか」
 忍足クンは跡部クンのにやり笑いを見たような気がしました。
「意外と謙虚だな。お前達。その意気に敬意を表するぞ」
 手塚クンが相手を褒めました。相手側の少年達はガチガチになりながら笑っています。
「こんなチャンス、滅多にないぜ」
「ああ。手塚に跡部だろ。相手に不足ない――というか、俺達には勿体ないぜ」
「ほらよ」
 跡部クンが相手にボールを投げて寄越しました。
「俺もお前らの勇気に敬意を表してやる。そっちから打って来い!」
「よ……よし……!」
 金髪に染めたのと黒髪の少年のうち、金髪の方がサーブを打ってきました。
「おっしゃ。任せたぜ。手塚!」
 跡部クンが言い終わらないうちに手塚クンがレシーブします。
 ――あっと言う間に1セットマッチが終わりました。勿論、手塚・跡部ペアの圧勝です。
「跡部さん、手塚さん、今回はありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
 相手側の二人の選手が跡部クンと手塚クンに頭を下げました。跡部クンは笑顔でしたが、手塚クンはほんの少し狼狽えているようです。
「いや、君達、そんなことは……」
「さすが手塚さんと跡部さんですね。貴重な時間をありがとうございました!」
 少年達はもう一度頭を下げました。
「ふぅん。あの二人勝ったんだ。――ま、当然だよね」
 リョーマくんがPontaのグレープ味を啜ってからこう言いました。というか、いつの間に飲み物を買ってきたのでしょう。リョーマくんはまた一口Pontaを飲みました。
「もっと早く終わるかと思ってたんだけど」
「俺もや。手塚が手加減したんや」
「やい、手塚!」
 少年達が帰った後、跡部クンが言いました。
「お前、手ぇ抜いただろ、あーん?」
「……済まない」
「お前、そんな選手じゃなかったろ。あーん?」
「にゃん!」
 アトベが海堂クンの膝から飛び降りました。そして、手塚クンを護るかのように跡部クンと手塚クンの間に立ち塞がりました。――アトベは人間の跡部クンに対して怒っているようです。
「あーん? そこどけよ、アトベ」
「にゃあうん」
「跡部……猫のアトベは手塚の気持ちがわかるんや。手塚がなして手加減したのかも……。あいつらじゃ本気のお前らに勝てないということはわかっとったやろ? 跡部」と、忍足クンが言います。
「だからって――手ぇ抜くこたねぇだろ。勝負の非情さをわからせてやるのも教育だぜ」
「跡部……ここはダブルスを楽しむ為のコートだ。公式試合じゃない」
「……わぁってるよ。でも、俺はどんなに格上の相手だって手を抜かれたら怒るぜ」
「――お前は変わらんな。跡部。それが俺には嬉しい」
 手塚クンがそう言ったその時、何故か緊迫した空気が綻んだような気がしました。跡部クンも力が抜けたように、「……あーん?」と呟きました。手塚クンが続けます。
「わかった。跡部……お前とは後で本気の勝負をしよう」
「今じゃいけねぇのかよ」
「不満そうにこっちを見てるヤツがいるんでな」
 手塚クンがリョーマくんの方に視線を寄越しました。リョーマくんはふい、と顔を背け、Pontaを飲み干しました。
「おい、リョーマ。口直しだ。俺様の相手になれ」
「わかったっス」
 リョーマくんは相変わらず無愛想です。不二クンと忍足クンが笑っています。
「相変わらずツンデレやな。越前は」
「そうだね。――それが彼の魅力でもあるんだけど」――と、不二クン。
 海堂クンが「フシュ~」と息を吐きました。樺地クンも重い口を開きます。
「……自分も……跡部さんと越前さんの試合は……勉強になります」
「つか、跡部も越前とのさっきの試合では底見せてなかったやんか。人のこと言えるかっちゅーの」
 そう言った忍足クンの元へ猫アトベが帰ってきました。
「にゃん!」
「おー、アトベ、お疲れ」
 忍足クンはアトベを抱き上げました。アトベはゴロゴロと喉を鳴らします。
 どう? 役目を果たし終えたよ――そう言いたげにアトベは忍足クンに撫でられています。
「あ、海堂――」
「フシュ~。自分も、手塚部長に手を抜かれたら悔しいです。けれど、本気の彼らに敵わないことは、あの少年達にもわかってたと思います。今回の手塚部長は――相手が弱過ぎてなかなか本気を出せなかったのではないかと。跡部さんが怒っているのもそのことでしょう」
「何や。そこまでわかっとったら、手塚に声をかけてやれ」
「――手塚部長はそこまで望んでいないと思います」
 そして、座って何事か考えている手塚クンの肩を海堂クンはぽんと叩きます。
 そちらを見遣った跡部クンはリョーマくんからのボールをレシーブするのを忘れました。
「俺より手塚のことを知っているのは海堂だな」――跡部クンの高らかな独り言が静かなコートに響きました。
 当たり前でしょ、とでもいう風にリョーマくんも満足そうです。忍足クンにはそう見えただけかもしれませんが。

次へ→

2018.04.18

BACK/HOME