忍足クンと一匹の猫 17

「アトベ……俺が怖くないのかい?」
 幸村クンがアトベを抱き上げました。
「にゃあん」
「アトベ、うちの子にならないかい?」
「にゃあうん」
 アトベは困っているようです。アトベは忍足クンが一番好きなようですから。
「むっ。幸村。抜け駆けはいかんぞ」
「真田も幸村もどさくさに紛れて何言うとんねん。アトベは俺の猫や!」
 忍足クンが幸村クンからアトベを取り上げます。
「ほんま、油断のならないヤツらばっかりや」
「でも、アトベは俺に懐いたよ」
「この猫は誰にでも懐くんや」
「ふぅん。人間の跡部とは正反対だね。――わかった。今日のところは我慢するよ。行こ、真田」
「ああ、邪魔したな。忍足。また来るからな」
「またな~」
 忍足クンはハンカチを振ります。ジローくんも丸井クンと一緒に帰りました。
「にゃん、にゃん」
「そうか、もう風呂の時間やな。ぴかぴかに磨き上げてやるからな。アトベ」
 低いボイスで忍足クンが言いました。

「あー、ええ湯やった。ちょっとメールチェックするで」
「にゃん」
 アトベが忍足クンの膝に乗っかりました。アトベは自分の映っている動画を観るのが大好きなのです。
「動画観たいか? アトベ」
「にゃん」
「その前にメールや。えーと……手塚からや。なになに? 『いつも動画楽しく拝見させてもらっている。アトベとカルピンは可愛い猫だな』だって。あのクソ真面目男もぬこ動画観るんかい」
 忍足クンは手塚国光クンの仏頂面を思い出して笑いました。尚、手塚クンは青学のテニス部の部長でもありました。
「『そのうち、海堂や不二と一緒にお前の家の近所の公園に行く予定がある。お前もアトベと来ないか?』やって。どないする? アトベ」
「にゃあん」
 アトベは目をきらきらさせています。光の加減でそう見えるだけかもしれませんが。
「もしかして桃城辺りも来るかもな」
「にゃ~ん」
「大丈夫や。青学の人間は猫好きが多いが、攫われないようきっちり守ってみせるからな」
「にゃん」
「それにしても手塚猫好きやったんやなぁ。犬の方が好きかとばかり思とったのに」
 手塚クンの新たな一面を垣間見た一通のメールでありました。
「返事書くか――えーと、こっちは了解やで、と」
 忍足クンは手塚クンにメールを送りました。
 二人で相談して会う日時を決めて、忍足クンはピッと送信ボタンを押しました。海堂クンと不二クンはいつでもいいと言っていたそうです。
「送信完了。ほな、アトベの大好きな動画観よか」
「にゃん!」

 約束の日――。
「おーい、手塚ー」
 忍足クンはアトベを連れて公園に来ました。忍足クンとウマが合った桃城クンは、親戚のおじさん家族が遊びに来たとかで、今日は来られないそうです。でも、また会う機会はあるでしょう。
「忍足。呼びつけて済まなかったな」
「ええんよ。気晴らしになるし。お互い勉強大変やなぁ」
「青春学園も偏差値は高いからな。エスカレーター式とはいえ、それなりの成績を納めねば進学は出来ん」
「でも、手塚やったら大丈夫やろ」
「フシュ~」
「海堂。またアトベに会いに来てくれたんか?」
「にゃぁん」
 アトベが海堂クンの足元に寄ってきます。海堂クンは屈んで「チッチッ」と言いました。
「にゃん!」
 アトベは差し出された海堂クンの人差し指をぺろっと舐めました。
「何してる? 忍足」
「記念撮影や。レアなもん見れて満足やで」
 海堂クンは顔が怖いと評判です。その海堂クンとアトベのツーショットはいろんな意味で価値があるでしょう。
「ほう。良い記念になりそうだな」
「手塚は撮らなくてええんか?」
「スマホ片手に写真を撮る趣味は生憎持ち合わせてはいない」
「何や。俺に対する皮肉かいな。でも、結構楽しいで。写真アップしてええか? 海堂」
「フシュ~……それだけは……やめろ……」
「何で。桃城のヤツに馬鹿にされるとか?」
「!!」
 海堂クンは真っ赤になって顔を背けます。図星だったようです。彼は軽く舌打ちをしました。
「でも、海堂だけでなく手塚も猫が好きだったとは意外やな」
「動物は大概のものは好きだ」
「不二はまだ来てへんの?」
「もうすぐ来るそうだ」
「手塚、海堂、遅くなってごめん。忍足も。――こんにちは。アトベ」
「にゃん」
 不二クンにも魔王という仇名がありますが、アトベも幸村クンが大丈夫なら、不二クンだって大丈夫なはずです。
「カルピンはいないのかい?」
 不二クンの言葉に手塚クンは首を振りました。
「越前がまだ来ていない。メールは出したんだが」
「ああ、せや。越前が来るなら跡部も呼ぼうか? 越前も喜ぶやろ」
「跡部が来て喜ぶのは越前だけじゃないんじゃないか?」
 手塚クンの眼鏡がきらりと光ります。手塚クンは知的なイケメンです。忍足クンも眼鏡ですが、伊達眼鏡です。それに、跡部クンに「不審者みてぇだ」と言われています。
「ちぃーっす。手塚部長、不二先輩、アトベ」
 リョーマくんの登場です。
「おい、俺は無視かい」
「……俺もいるだろうが」
 忍足クンと海堂クンは不満顔です。
「やぁ、越前」
「不二先輩、カルピン連れて来たよ。遊んでやってよ」
「ほあら~」
「カルピン、アトベとも遊んでやってぇな」
「にゃーん」
「あ、忍足さん撮影してんの? 俺も撮ろうっと」
 忍足クン達のSDカードにはさぞかしアトベとカルピンの写真がいっぱい詰まっていることでしょう。そんな忍足クンのスマホに返信が来ました。
「跡部も来るって」
「ほんと?」
 リョーマくんが顔を上げます。
「樺地も来ると書いてあんなぁ」
「そっかぁ。この間は会えなかったもんね。樺地さんに会うのも楽しみだな」
「越前、自分、樺地も好きなんか?」
「うん。無口だけどいい人だもんね。跡部さんと違って。ていうか、正反対の二人だよね」
 リョーマくんの言葉に忍足クンは苦笑しました。確かに派手好きの樺地クンなんて想像がつきません。
 樺地クンと共に跡部クンが現れました。跡部クンが手を振ると、忍足クンもそれに応えました。

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2018.03.29

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